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至論の令嬢
当時ヘンリエッタは公爵家の一つであるルンセン家の侍女であった。十五歳になったばかりの長男・ニールスは甘やかされて育ったために我が儘も多く、使用人は元より彼の両親にとってもそれが悩みの種だった。
そんなニールスには幼い頃より婚約者がいた。マリーナ・ファン・エトホーフト伯爵令嬢である。性格は控え目で温厚、見た目の派手さこそないが、特筆すべき非ではないし、領民は元より同じ貴族令嬢達からもその人柄により好かれていた。
しかし、ニールスはそんな彼女を放置して別の令嬢へ想いを寄せてしまう。子爵令嬢のユリアナと密かに交流を深め、公爵家がその存在に気が付いた時にはマリーナに対し婚約破棄を言い放った後だった。
その時に誰よりも先に動いたのがヘンリエッタである。
ニールスと密通相手のユリアナを相手に、ここでも懇々と説教を始めた。
「お二人のお気持ちはよくわかりました。ようございます、恋とは時に理屈をねじ曲げる物です。それ程までに互いを強く想い、世間からどれ程詰られようとも愛を貫くと言うのであれば、これ以上外野が口を挟むことはできません、が、しかし。しかしですニールス様、ユリアナ嬢」
ヘンリエッタは二人に向けて問いかける。「その後の覚悟はおありですか」と。
「だから……それは、あると言っている。しばらくは社交界から遠ざからねばならぬだろううが、それでも僕はユリアナと」
「いいえ違いますそうではありませんニールス様。そんな上っ面の覚悟を問いかけているのではないのです」
え、と固まるニールスとユリアナに、ヘンリエッタは彼らが気付かない、いや、あえて考えない様にしていただろう未来を突きつける。
「マリーナ様との婚約は家同士の物であり、そこに愛はないとニールス様はお考えになったわけですよね? わたしはそれでも、少なくとも、マリーナ様からはニールス様への愛情はたしかにあったと思います……いえ、マリーナ様がそういう風にお気持ちを育てられたのでしょう。しかしそれも今では木っ端微塵、塵芥となったことでしょうがそれはひとまずおいておきます。いいですか、公爵家と伯爵家が繋がりを求めて結んだ婚約を、ニールス様がお父上、つまりは現当主の承諾も受けずに勝手に破棄なさった。それがどういう事か、いくら頭が緩いニールス様でもおわかりですよね? それとも、それすらわからないくらい頭の螺子が無くなっていますか?」
カッとニールスの顔が赤くなる。まだ当主ではない、けれども次期当主として育てられてきた。そうでなくともニールスはヘンリエッタにとっては主人であるのだから、今の言い草は到底許されるものではない。
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