夕立に濡れた君が訪れた

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 たかが同じ課の先輩というだけの関係なのに覚えているものだろうか。  いや、多木がどう思おうが実際に山川は家に来たのだ。 「うぁ、こわっ」  自分自身を抱きしめるように腕を回してさする。顔がよくて物覚えまでいいなんて。 「あの、多木さん?」 「なんだよ」 「すみません、迷惑ですよね」  あの沈黙がいい方向へと転がった。その通りだと言えば帰ってくれるだろう。  そう告げようとした時、雷の音が聞こえて多木がひゃっと声を上げる。  これが一番嫌だ。窓から見える閃光に鳥肌が立つ。 「多木さんどうしましたか!」  驚いて声を上げたことに山川が心配そうに声をかけくる。雷が怖いだなんてけして言えない。 「なんでもない」  子供みたいだと馬鹿にされたくなくて平気なふりをした。 「あの、多木さん、雷が止むまで玄関にいさせてもらってもよいでしょうか」  タクシーを呼べばいいものをと思ったが、流石に雷が鳴っているし雨足も強くなっている。  玄関でいいというのなら、多木はドアを開錠し開いた。 「え、多木さん」  ドアが開くとは思っていなかったのか、驚いた浮かべていたが、それもすぐに笑顔となった。  すぐにそうできるなんて、本当に愛想のいい男だ。 「な、お前、びちょびちょじゃん」  上から下まで濡れていて、多木は早く入れと腕をつかんで引いた。  そのまま部屋へと上がろうとすると、 「あの、多木さん」  山川が躊躇う。 「あ? そのままって訳にはいかねぇだろ」  玄関にと山川は言っていたが、気にくわぬ相手でも流石にこの姿を見てしまっては放ってはおけない。 「ですが、ご迷惑では?」 「そんなの今更だろうが。シャワー浴びてこい」 「やっぱり多木さんは優しい」  山川に対して優しくした覚えはない。それを訂正しようと口を開きかけてやめた。勝手に恩を感じていればいいと思ったからだ。  バスルームの方へと背中を押すと中へ。多木は寝室へと向かう。  買ったばかりのスウェットと下着があったはずだ。クローゼットに突っ込まれたままの袋の中にそれを見つけて取り出す。  フリーサイズだし着られるだろうとそれをバスルームへと持っていく。 「山川、着るものおいておくな。バスタオルは棚に入っているから使え」  声をかけると、ガラス戸が開き山川が顔をのぞかす。 「ありがとうございます。お借りします」  それにしても何がそんなに嬉しいのか。にこにことしていて、愛想がいいと女子に人気なのはそういうところなのだろうが、多木にしてみたらへらへらしやがってと思うだけだ。
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