明日、この命が尽きようとも

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 異世界に住む聖女を迎え入れる儀式に参加できることは魔力を持つ者にとって誉なことであった。 魔力切れで命が尽きようとも国のために役に立てるのだから。  儀式に参加するものために開かれる前夜祭は盛大に行われる。  家族や恋人、友人と過ごすのは最後となるかもしれない。大いに盛り上がりそして語り合う。  サリューには家族はいない。明日の儀式を共にする友人と今まで味わったことのない酒と料理を堪能し、明日は頑張ろうと互いの健闘を祈った。  いつも以上に酒を飲んだこともあり少し夜風にあたりたくバルコニーへと移動した。 窓越しに聞こえる音楽と頬をくすぐる風が心地よい。 「サリュー」  名を呼ばれて胸の鼓動が高鳴った。  この声は今まで何度も耳にしてきた。 「オウガスト様」  自分たちの上司にあたる人物だ。  氷のオウガスト。いつもクールで厳しい人だ。良い容姿をしているのに、それが全てを台無しにしている。 「少しいいだろうか」 「あ、はい。どうぞ」  前夜祭には王族の面々も出席しており、オウガストは王子の傍にいたはずだ。  近寄ることなど到底できず、ただその姿を眺めるだけであった。  だが、いま、目の前にオウガストの姿がある。 「あの、どうされましたか」 「……前夜祭は楽しんでいるか」 「はい。今まで食べたことのない料理や美味しいお酒を振舞ってもらえておなかがいっぱいです」  と答えるとオウガストはそうかとつぶやいた。 「オウガスト様、明日のことで何かあるのですか」 「いや、そういうわけではない」 そう口にし、そして黙り込む。  気まずい空気が流れ始め、サリューは最後になるかもしれないからと今まで思っていたことを口にした。 「明日の儀式に参加できることは魔力を持つものとしては誉です。ですが、心残りなことが一つあります」 「なんだ」 「貴方のことですよ」 「私、だと?」  オウガストとサリューの関係は上官と部下というだけだった。  その関係がかわったのは、オウガストが部屋を汚くする天才で、サリューが片づけ上手だったというだけだ。 「お部屋、きちんと掃除をしてくださいね」 「サリュー」 「俺、オウガスト様と過ごす時間、好きでしたよ」  一緒にいる時間が増え、わかったことがあった。  オウガストは甘党で天然なところがあること。  そして転寝をしてしまったサリューに怒ることなく上着を掛けてくれる、とてもやさしい人だということぉ。 「サリュー」 「オウガスト様、部下の誉なんですよ。悲しい顔は嫌です」  サリューにとってオウガストは大切な存在とまでになっていた。  だから聖女の教育係となるだろう、彼のためにもうまくいくことを願っている。 「オウガスト様、今宵は共に過ごしていただけませんか」  明日のことを思うと欲が出てしまった。  手が小さく震える。断られるかもしれない。その怖さがあったからだ。  だがそれはすぐに収まった。オウガストの手が包み込んでくれたからだ。 「私も、それを望んでいた」  望みの言葉を得られた瞬間、目頭が熱くなり涙が零れ落ちた。 「前夜祭を開いてくださるこの国は素敵です。俺は明日、何があっても……」 「サリュー、もう何も言わないでくれ」  言葉を重ねてさえぎり、唇をふさがれた。  明日、この命が尽きようとも。この思い出さえあればいい。  さようなら。その言葉のかわりに愛していますと口にすると、オウガストの冷たい表情は綻び、再び唇が重なり合った。 <了>
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