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あるところに神様が御生まれになった。
風の凪いだ日だったから、神様は『ナギ』と、名付けられた。
神様といっても、その見目は人の姿と何ら変わらない。
だから、その御子が神様だと分かるのは、不思議の力――神通力を宿していると分かってからだ。
神を産んだ家は王より莫大な褒賞を与えられ、神である御子はその意思に関わらず、生涯を神殿で暮らすことが定められていた。
ナギ様は生れて間もなくそうと分かり、親の顔を知らずにお過ごしだった。
神の力は遺伝ではない。その一代限りで終わることが常だった。
本当に不意に人の世に顕現するのが神であったのだ。
ナギ様は癒しの力を持つ女神。
そもそも肥立の悪かった母上様を治癒したことで、神であると知れたのだ。
「ナギ様、どうかお救い下さいませ」
神殿には毎日長蛇の列が並んだが、そこにナギ様が現れることはない。
神通力には限りがあった。
それに、癒しの力はナギ様自身に返るものであったのだ。
言うなれば、容易く使えない力であった。
そうであれば、ナギ様が癒す者は自ずと限られてくる。
時の権力者や、大金を献金する者に限られた。
口さがないものは『役立たずの神』と、ナギ様のことを罵っていた。
「ナギ様、可哀想」
子供たちは眉根を寄せた。
「そうだね。でも人の世とはそういうものだろう?」
ばあ様の言葉に純真な子供らでさえ頷いていた。
「けれどナギ様は神様だからね、人とは違う。いくら罵られようと平然としておられた」
権力や、大金が集まれば、人は人の力でいくらでも救えるだろうと、ナギ様は王に働きかけた。
いくら神であろうと万人は救えないとナギ様は知っていたのだ。
結果、王は民からの支持を増やして、盤石な治世を拓いた。
「神の力は偉大なれど、小さい。ナギ様は神を神殿に匿い、出し惜しみするものではないと王に進言したのだよ」
こうして少しばかり自由に出歩けるようになったナギ様は、海辺で思わぬ拾い物をした。
「それが青兎だった」
「青兎?」
青い目をした異国の漂流者にナギ様はそう名付けた。
風前の灯火であった青兎にナギ様は命を与えた。
結果、ナギ様はひと月ばかり、床より出られないほどに苦しんだ。
青兎はそれを知って胸を痛めた。
『馬鹿だろう?あんた』
命を救われた青兎は、ナギ様の回復と共に謁見が許された。
青兎の言葉は異国の言葉、何を言っているのか分からない。
ただ一人、ナギ様を除いてだ。
神であるナギ様は青兎の心を覗き見ることが出来たのだ。
『私は『役立たずの神』だからな、お前を救ったところで、さほど問題にはならないさ』
ナギ様は青兎の心に直接思念を届けた。
そして、少しずつ青兎に国の言葉を教えていった。
青兎には帰る術がなかったからだ。
「海を渡る船がその時代には無かったの?」
「いや、それもあったのかも知れないが、何処から来たのか、自分が何者なのか、彼は全て忘れていたんだ。生死をさまよい、記憶喪失になっていたのさ」
暫くの間、何処にも身の置き場のない青兎はナギ様の護衛として置かれることになった。
それはナギ様がそう望んだからだ。
けれど、周りは良い顔はしない。
異人である青兎に人々は厳しい視線を向けていた。
加えて、青兎はこの国では見られない、筋骨隆々の大男だった為に、皆は怖がっていたのだ。
「身元の不確かな者をお傍に置かれるのはおやめください」
神官らはナギ様に進言したが、青兎の心を知るナギ様は首を縦には振らなかった。
青兎は孤独だった。それも彼の立場ならば当然だろう。
「私が彼の名付け親だ。縁を結んだからには見守ってやりたいのだよ」
そして、孤独であるのはナギ様も同じだった。
神は人から多くを求められはしても、人は神に心を砕こうとはしない。
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