ナギと青兎

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 ある日、ナギ様は子供に石を投げ付けられた。 子供の母親が病で死んだからだ。 「神様なんて本当はいないっ!嘘吐きっ!!!」 子供は毎日神殿に通い詰めて祈りを捧げていた。 けれどナギ様にはどうすることも出来なかった。 同じように求める手が多すぎて、一人を選んで救うことなど出来なかったのだ。 幸いにして石はナギ様には当たらなかった。 護衛である青兎が身を挺して庇ったからだ。 子供は直ぐに捕らえられて、処罰を受けるに至った。 ナギ様は止めたが、人の定めた法を曲げることは王が許さなかった。 鞭打たれた子供を癒すことさえも許されなかった。  ナギ様は独り哀しんでおられた。 「ナギ、お前のせいだ。治してくれ」 青兎は不遜な態度で、そんなナギ様に訴えた。    子供の放った石は、確かに青兎の広い背に当たっていたが、鋼のように鍛えた身体の青兎からすれば、傷など無いに等しいものだった。 「私がお前を治癒すれば、人のやっかみをお前は受けることになるよ?」 ただでさえ、青兎(異人)の命を救ったくせにと、やり玉に挙げられているのだ。 「あんたが救おうと、救うまいとそれは同じだろう。ならば、俺が選んで何が悪い」 「違いないね」 青兎なりの優しさに触れ、ナギ様は微笑んでいた。 それにナギ様は気付いていた。 青兎には既に記憶が戻っていることを。 帰る場所があるのに彼は帰ろうとはしない。 彼は名も、故郷も今となっては必要としていなかった。 それを選んだのも彼自身だ。 ナギ様の傍にいることを青兎は選んだのだ。  青兎はそれからも何かに付けてナギ様に触れて貰うことを望んだ。 ナギ様に触れられると心が軽く、癒されることを彼は知ったのだ。  そして、それはナギ様も同じ。 青兎に触れるとナギ様は心がほこほこと温まった。  そんなナギ様と青兎の主従の絆とは裏腹に、世情はきな臭い方向に進んでいた。 信仰心が揺らぎ始めると、政も揺らぐのがこの国だった。 そして、その逆も然りだ。 人の不平はとどまることを知らない。  疫病や飢饉といった天災が起きれば、ナギ様の力を欲する者らで溢れ、暫しそれは争いの種にも発展した。  そうした負の連鎖は信仰の揺らぎから起きている。 そしてそれは力のない神の責でもあった。 「まったく、弱き神が立つとこうしたことがまま起きるから困るのだ」 こうなれば、神が立たない方がまだ良かったという声も上がるようになる。 次第に人々はナギ様をぞんざいに扱うようになった。 本来ならば庇護する立場にある王さえもが同じだった。  王命にてナギ様は度重ねて癒しの力を行使し、近頃では床に伏してばかりの状態だった。 「お前、そのうち死ぬぞ」 青兎は苛立ちながら、ナギ様の額に手を添えた。 高熱に浮かされながらもナギ様は微笑んでいた。 「青兎の手は心地良い。お前にもきっと癒しの力があるのだね」 「俺の力はナギにしか効かない。だったら俺はナギの神様だったんだな」 本当にそうであればどんなに良いかと、青兎は思っていた。  青兎はナギ様ほど優しい神様を知らない。  ナギ様ほど無欲な神様も知らなかった。  日に日に衰弱していくナギ様に見かねて、青兎は遂に切り出した。 「ナギ、俺とこの国を出ないか?」 ナギ様は首を横に振った。 「どこに行っても同じ運命(さだめ)が待っている。力のない神は必要とされない。私は私のまま、どの道、出来ることしか出来そうにない」 「ならばこのまま死ぬのを待つのか?俺はイヤだ」 「死ぬのを待っているわけではないよ。望んでいるわけでも勿論ない。私は私の出来得ることまで放棄したくない。それだけだ」  ナギ様にはあの石礫(いしつぶて)を放った子供のことが心にあった。 あの子供の心に報いたい。 この地を去ることは、神が無意味だと認めることになると考えていたのだ。 「青兎、私はこの国が好きだ。すべてが思うように揃っているわけではないし、何もかもが不足ばかりのようにも思う。しかし、それでも好きの要素は捨て切れないほどあるのだよ」 ナギ様は真に神様だった。 悪いところばかりを見つめてしまう人ではなく、いかなる時も良いところを見つめられる神であったのだ。  一方で人である青兎にはナギ様の心は伝わらない。 青兎はナギ様を案じて仕方がなかったのだ。 それに比べれば、他の者などどうでも良かった。 「俺はお前が死ぬのをただ見ているしかないのか?そんなのは絶対に御免だ」 苛立ちから青兎は足音を荒げて、その場を去って行った。  ナギ様は、青兎にとって、誰より護りたい神様である筈なのに、その護り方が分からなくなっていた。
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