心を病んだ佐々幸守と左門寺究吾氏

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彼がその疾患になるきっかけを作ったのは、恐らく彼の妹が自殺したことかもしれない。 彼、佐々幸守は、幼少期から心優しく、妹思いの少年であった。妹の遙香は、少し引っ込み思案で人見知りなところもあったからか、人前では緊張してしまって泣いてばかりで、よくいじめっ子にからかわれていたから、そんな奴らから守るのも、佐々幸守の役目であった。 二人の両親は、揃って警察官をやっていて、正義のために日夜働いていた。そんな二人を見て育ったからか、佐々幸守も正義感の強い少年に成長した。その将来も有望であったが、ある日突然、彼の人生に暗い影が落ちた。 逃亡中の轢き逃げ犯が佐々幸守の両親を車で轢き殺したのである。その日、両親は佐々幸守の誕生日プレゼントを買いにわざわざ二人揃って休暇を取り、町のデパートにまで買い物に来ていたのであった。 心の支えであった両親を亡くし、拠り所を失った佐々幸守と遙香の兄妹は、市内にある孤児院に預けられた。その日々は、寂しくも楽しい日々であったからよかったが、遙香には別の問題が生まれていた。 それは、深刻な“いじめ”であった。 高校は遙香とは別々のところへ進学した佐々幸守は、その“いじめ”が妹を苦しめていることに気付くことができなかった。これから先、この孤児院を出る時のことも考えて、二人で安い部屋を借りるだけのお金を貯めたいと思い、佐々幸守はバイトを幾つか掛け持ちしながら、学校にも通っていたから、当時の彼には遙香のその深刻な問題に気付く心の余裕がなかったのかもしれない。そして、彼女もその事情を知っていたから、ただひたすらに我慢したのである。 耐えて耐えて、耐え抜こうとしていたのだが、ついに彼女の限界は超えてしまった。いや、とうの昔に超えていたのだ。誰にも助けを求めることができず、誰にもこの苦しみを気づいてもらえないと思い、逃げ場をなくしてしまった遙香はついに発狂し、孤児院の浴室で手首を切ったのであった。
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