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この手にはスイッチがある。
紛うことなき破滅のスイッチ。
この私にだけ許された悪魔のスイッチだ。
そのスイッチはきっちりと管理されており、私の一存で押すことは許されていない。
国の重要な者たちが幾日もかけて議論して押すようなものだ。
いくら私に権限が与えられているからと言って、思いどおりになるような代物では無いのだ。
そう、思い通りにならないからこそ、このスイッチを押してみたくなる。
やってはならないと言われるものこそ押してみたくなる。
それは人にとって当たり前のことじゃないか。
このスイッチは終末兵器だ。
押せば敵国へと照準が合わされているミサイルが飛んでいき、ものの数秒で全てを灰に帰すだろう。
だからこそ、軽々しく押してみたいだなんて口にすることは出来ない。
出来ないけれど、人の欲望というか厄介なところというか、ダメと言われれば押してみたくなるものだ。
ある日、仮想敵国との関係が悪化した。
外交を任せている者の家族が殺されたのだ。
国民達は怒り狂い、国中が報復を!の声で溢れ返った。
国のリーダーは冷静に諌めようとしていたが、最早時間の問題だった。
私は冷酷な男でも、残虐な男でもない。
極めて冷静で理知的な男だと自負している。
このスイッチを押せばどうなるか、そんなことは分かりきっていた。
だが…………。
「大統領!」
私は恍惚とした表情を浮かべて押し込んだボタンの感触を指先で確かめる。
部下は大慌てで私を呼ぶが、その声も今の私には遠過ぎてよく聞こえない。
けたたましい音ともに赤く点滅するエマージェンシーコール。部屋の中はバタバタと忙しない。
もういいじゃないか。
ずっと押してみたかったものを押せて私は高揚している。
「戦争、解禁」
やりたかったのだから、もう、しかたがないだろう?
𝑒𝑛𝑑
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