プロローグ

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 レジに並びCD一枚のみを差し出すと、店員がチラリと怜を見上げた。  女性がターゲットの商品だからだろう。  所謂“オタク”同士だからか、もしくは気に留めるものでもないのか、この様な視線を受けるのはありがたいことに稀ではあるが皆無でもなかった。  最初こそ肩身の狭い思いもあったが、気にするのは早々とやめにした。  ネットで買って自宅に届けてもらえばいいのかも知れないが、レコーディングスタジオで働いているのも相まって、CDを買う時は店に足を運ぶのが怜のこだわりだった。  所詮気まずさもこの場限りで、次の客の接客時にはこの店員もきっと自分のことなど綺麗サッパリ忘れるだろうし、自身だってすぐに忘れる。  唯一だと信じた想いがニセモノだったのだから、目まぐるしい日常に散らばるこんな事など些細なものだった。  ありがとうございました、との言葉に軽い会釈で応え怜は踵を返す。  今日の夕飯は出来合いのもので済ませよう。  酒は特別強くはないけれど飲みたい気分だから、コンビニで軽いチューハイを買うのもいい。  風呂を済ませ寝るだけになったらCDをスマートフォンに取りこんで、ちょっと奮発して買った気に入りのイヤホンでベッドの中で聴きたい。  空気の澄んだ朝方の道をひとり歩く時よりも、さっき電車を下りた時よりも。  軽やかな足取りで怜は自宅へと急いだ。
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