第零節

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第零節

 弱いから死んだのさ、お前の叔父は。 墓前で手を合わせていると、影形があやふやな何やら黒い何かが声をかけてきた。 何か言い返そうとその時は思ったが、得体の知れない存在であることがわかり次第、俺は黙ってしまった。 威風堂々としていれば、そもそも強盗にカラまりゃしないさ。 普段から”死”のリスクをぶら下げて生きていたからこそ起きた”必然”だよこれは。 …違う。 あ”? そんなの、理不尽ではないか。 物理的な闘争を必要としない現代において、叔父は間違いなく正しく生きていた。 それなのに、冤罪の罪を着せられて、圧死したのだ。何も悪くないのに。 ただ、自分の所持品をひったくりから取り返そうとしただけなのに… …馬鹿げてるな。 なに…? 一つ言っていいか?貴様らの言う”正しさ”なんて知るかってんだよ。 …? あやふやなんだよ、あまりにも。お前の言い分だと、 「叔父が生存して、ひったくりがそれ相応の罰を受ける」ってのが”正しさ”なんだろうな。 でもよ?これは裁かれた側の立場からしてみれば、また理不尽。 屁理屈。と、一昔前の俺ならそう片付けていただろう。 だが、一理ある。と多少思ってしまった。 被害者と加害者の関係は、第三者が推し量れない程度の面倒くささを秘めている。 「悪気は無かったんです!」なんていう、糞みたいな言い訳も万が一で通るのがこの世の中だ。 本当に善意かも知れないし、悪意かも知れない。 当人ではない自分がそれを知る由は無い。だが、それでも俺は許せない… だったら、俺だって知るか。 お? 別に俺は、正しいとか、正しくないとかで人を裁くつもりはない。 私怨だ私怨、ただ単に、俺は納得できなかった出来事の修正を、テメぇの言う理不尽で塗りつぶしたいだけだ。 どうだ?これで満足かよ? 影は満足そうな態度でうねうねとした謎のダンスを披露しつつ、続けざまに喋り出した。 いいねぇ!そういう開き直り!自分のエゴを認めて目標に走れるヤツは最高だ! …で? 力を貸してやるよ。 正直、意味がわからなかった。というか、この状況が意味不明だ。 そもそも、俺は一体誰と喋っていたのか。 気が付けば俺は、叔父を間接的に殺したであろう女の顔写真と、勤め先の住所が載っている一枚の紙きれを手にしていた。 …は? 脳の理解が追い付くより先に、俺はこの住所を辿って、よくわからんマンションの一室の前に立っていた。
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