私達の詩集

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「彼女いますか?」 「いるけど」 予想はしていたけれど、ショックだった。 「愛してるんですか?」 最近、A型だと思ってた自分がB型だと知ったせいか、私は強気にそんなことを聞いてみた。 これが私の本性だ!と見せつけるかのように。 でも、そもそも彼は、私のことをそこまで詳しく知らない。  彼の描く絵に憧れ続けた私が、依頼した仕事。 私の詩集の装画と挿絵を描いてほしいと、生涯を掛けるほどの思いでお願いした。 快く受け入れてくれた彼は、こう言った。 「良い詩だね」 シンプルな言葉ではある。 でも、意外に言われたことない言葉だった。 詩を書く人間に対してだからなのか、回りくどい感想や評価を語る人が多過ぎた。 私は彼の、さっぱりしていて、短いその感想がとても良いと思った。 「その言葉も、凄く良いです」 そう答えた私を、彼は呆れたような顔で笑う。 彼の心情は読めない。 仕事を受けてほしくて、私がやたらに彼を褒めたように映ったのかもしれない。 もしくは、この時から彼は、私が彼に向ける熱い視線に気付いていたのかもしれない。  結局彼は、私の詩の為に、あるいは単に仕事として、もしくはお金の為に、装画と挿絵を描いてくれた。  完成した詩集を手に、私は彼の前に立っている。 そして、つい言ってしまったのだ。 「彼女いますか?」 と。 「愛してるんですか?」 の答えを待つ間、今日まで彼と関わった全てのことを思い出そうとしていた。  どのくらいの時間が経ったか分からない。 ようやく真っ直ぐ私を見てくれた彼は、こう答えた。 「別れようとしてるとこ」 おお。 意外な返答。 最初に思ったのは、ラッキー。 次に思ったのは、悪い男。  私は手に持っていた詩集を彼に渡す。 「この詩集を書けたのは、あなたのお陰です」 「へえ」 冷たい感じではなく、感心したみたいに彼はリアクションする。 「あ、ひきました?」 私は、冗談っぽく聞いてみた。 「いや、ちょっとびっくりしただけ。最初に仕事依頼してきた時も、そんなこと一言も言わなかったから」 なんだか、急に思春期の少年みたいな顔をしている。 悪い男。 ズルい男だ。 「恋人は、あなたを愛してますか?」 私は、首辺りに熱っぽさを感じながら聞いた。 「いいや、愛してない。もう、次に付き合う男を決めているよ」 嘘なのか、私には分からない。 だけど私にはもう、想像だけで創作することの限界が来ている。 彼がいたお陰で書けた詩集の次は、彼の為に書くような、現実味のある詩を書きたい。 せっかく目の前に訪れたチャンス。 潮時。 「憧れの人」 私の上擦った声が、響く。 彼は、ズルい瞳で私を見ている。 何を言いたいの?と優しく問いかけるように。 「私の憧れの人。恋人と別れたら、私と付き合って下さい。好きです」 どうか、私を現実の世界へ連れて行ってほしい。 彼は一瞬目を大きくしてから、元の瞳に戻ると、私と彼の合作である詩集を開いた。 何ページが捲り、何とも言えない優しい微笑みを見せる。 そして、言った。 間違いなく、彼の声で言った。 「愛してる」 私は思った。 悪い男。 ズルい男。 愛に慣れた男。 でも。 「愛してます」 そう口走った自分に気が付かないほど、気が遠くなるような時間。  憧れの人、目の前にいる彼は、少し頬を赤くし、ふたたび私達の詩集を捲った。 嬉しそうに、自分の挿絵を撫でる。 やっぱりズルい人。 そして、愛しい人。  想像が現実になる。 詩を書いたことにより、憧れの人から直接、何かを得る。 私は、限界を越え、新たな限界に向かって、進み始めた。
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