その想い

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 朝から降り続いた雨は、夕方になっても変わらず空を濁らせていた。  まとわりつくような湿気。季節は梅雨真っ只中。週間の天気予報では、晴れの日の方が少ないぐらいだ。  この街に移り住んでふた月が経過した。  見知らぬ土地での生活にも慣れ、はじめての一人暮らしも満喫している。  大学では友人も増えていき、それなりに楽しい毎日を過ごしている。  忙しい日々の中でも、平穏な日常が続いていく。そう思っていたはずなのに……。  その日の帰り道、僕は傘を差しながら交差点の横断歩道で信号が変わるのを待っていた。最寄駅から徒歩で十分ほどの場所にある自宅アパート。その道中にある交差点は片側二車線の国道だ。車の往来は激しい。  学生やサラリーマンなどが信号を待ちをしている。  何気なく僕は、向かいの通りに視線を送った。  反対側の歩道には大きな一本の桜の木があった。桜の花はすでに散ってしまい、緑の葉に姿を変えてはいるものの、その存在感は大きかった。    その木のすぐ近くに、赤い傘を差した女性が立っている。服装は白いワンピース。顔ははっきりとは見えなかったが、まだ若いようにも思えた。  やがて信号は青に変わり、人々が前へと進んで行く。僕もそれに従うように横断歩道を渡った。  違和感を覚えたのは、横断歩道を半分ほど歩いたときだ。  人じゃない、なぜか咄嗟にそんなことを思った。  小さいころからそういうものをよく見る体質で、他の人にはない不思議な力が自分にはあるのだと感じていた。  ゆっくりとその女性に近づいていく。  恐怖心は確かにあった。でも、それ以上に興味もあって。どうしても無視をすることができず、僕は彼女の少し前で立ち止まった。  足元を見ると、黒いスニーカーを履いているのが見えた。  声をかけるわけにはいかない、それは自分でもわかってはいた。そういうものと関わりを持つべきではない、と。  彼女はゆっくりと顔を上げて、僕と視線を合わせる。肌の白い、若い女性に見えた。唐突に背筋が寒くなり、息が止まってしまう。  これはまずい、早く離れないと、そう思ったとき、彼女は何かに気づいたのか首を左に曲げる。そして逃げるようにその場から離れていき、そのまま煙のように消えた。
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