ゲルダと魔法の白い花

２．隣村の噂

　隣り村に恐ろしいことが起きたのがいつだったか、もう覚えている者はいません。何十年前か、何百年前か。ただわかっているのは、ある日村の住人が皆その姿を消してしまったということだけです。魔女の呪いなのではないか、と言う者もいます。以来隣り村を訪れる者はいません。もし足を踏み入れたら魔女の呪いにかかってしまう、そう信じられているからです。
「俺はそんな噂怖くないぞ」
　今年十五歳になるカールが友人たちにそう言いました。
「ホントかぁ？　魔女の呪いにかかってもう村から出られなくなるかもしれねぇんだぜ？」
　友人の言葉にカールはフンと鼻を鳴らします。
「お前たちは臆病だなぁ。いいぜ、俺が今から行って見てきてやる」
　カールがこんなことを言い出したのには理由がありました。友人たちの輪の中にカールが密かに好意を寄せるベルタがいたのです。
「うわぁ、すげぇなカールは」
　友人たちが口々に誉めそやすのをいい気分で聞きながらちらりとベルタの様子を見ると彼女も憧れの眼差しで自分を見ています。カールはいそいそと隣り村へ向かいました。
「なぁんだ、やっぱり何もないじゃんか」
　さすがに村の中に足を踏み入れる勇気はなく、カールは遠目に村の様子を観察し急いで引き返しました。
「どうってことなかったよ。みんな怖がりだなぁ」
　するとベルタが言います。
「カール君勇気あるのね。でも……」
「でも？」
　カールが首を傾げるとベルタは悪戯っぽく笑いながら言いました。
「魔女の館には行ってないんでしょ？」
　隣り村の外れに魔女の住む館があると言われています。決して近付いてはいけないという恐ろしい場所。
「まぁ行ってないけどさ」
　むっとしてそう答えるとベルタは挑発するように「そりゃそうよねぇ」と頷きました。彼女にいいところを見せたいカールは思わず「次に行こうと思ってとっておいたからな」と答えてしまいます。皆が「おお、すげぇ」「さすがカールだ」などとどよめきました。ベルタもまるで英雄を見るかのようにしてカールを見上げています。
「本当？　カール君、すごいわ。じゃあ魔女が育てているっていう魔法の花をもらってきて。そしたら私、カール君のお嫁さんになる」
　少女の無邪気な微笑みにカールはうなじまで真っ赤に染め「お、おお、任せとけ。明日行ってきてやる」と胸を張りました。