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綺麗な人
胸が苦しくなるほど悲しいことがこの世にあるなんて知りたくない。
電車を降りて傘を差して家まで歩く・・・・・・暗い公園には誰もいない。
少しだけ立ち止まっても寂しい外灯の灯りだけ・・・・・泣きたくなるほど寂しい・・・・・
始めてのせつない気持ち・・・・・逢えないだけでこんな気持になる。
たった一度逢っただけなのに・・・・・
マンションの部屋に着いて初めて会った夜の事を思い出してみる、灯りの消えた公園で月の光に包まれて現れた彼・・・・・
この世の者だとは思えない美しい月の精だった・・・・・
知らない人と話すなんて、これまで一度もなかった。
笑い合うことなど考えられないのに・・・・・自然とそうしていた。
笑っていた・・・・・嬉しくて楽しくて・・・・・つい顔がほころんだ・・・・
近くで見た彼は目が離せなくなるほど綺麗だった、これまで誰かを綺麗だと感じた事は一度もない。
仕事をしていればそこにはいつも綺麗な人はいただろう・・・・・綺麗だと言う感嘆の言葉は何度も聞いた。
綺麗という言葉がよく理解できない、何がきれいなのか?
だがあの夜見た彼は綺麗だという言葉が自然に心に湧いていた。
紡がれる言葉も声も耳に心地よく聞こえた、もっと聞いていたいもっと何か言ってほしい・・・・・そんな声だった。
でもそれもこれ以上時間が経てば忘れてしまう・・・・・・早く雨がやんでくれないと彼が消えてしまう。
月へ帰ってしまう・・・・・・そんな気がした。
カーテンの隙間から明るい日差しが差し込んでいる、やっと晴れた。
もうあれから5日も経ってしまった、今夜こそ彼に逢える。
絶対にいるはず・・・・・約束したから。
土曜日で大学は休みだけど仕事はある、昼過ぎにマンションを出て電車に乗ってスタジオへ行く。
今夜の事を考えると不安が広がって落ち着かなかった、もし居なかったら・・・・・・
仕事の間も気になって集中できない、いつもより遅くなってしまった。
急いで仕事場を出て電車に乗った、今日の月の出は遅い・・・・・・
今夜は満月を過ぎて2日、月の出をまだかまだかと立って待つ【立待月】と呼ばれる夜だ。
電車を降りて公園へ向かう心臓の鼓動が聞こえてきそうなくらい、大きくなっていく・・・・・
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