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「省ちゃん!!」
当時姉は俺より二つ上…まだ7才だった。
それでも俺を庇おうとして、手を繋いだまま母の傍をすり抜けようとした。
「だめよ、そっちにいっちゃだめ」
母が姉を捕まえる。
その隙に俺は開いていたドアの隙間から廊下に逃げ出した。
「おかあさ…!!」
姉の最後の声は、母を呼ぶ声で。
鈍い物音とともに、姉の声が途切れた。
何が起こったのか解らなかった。
ただ訳のわからない恐怖の感情だけが、幼い俺の本能に逃げろの信号を送り続けていた。
なぜ母はあんなに血だらけなのか、なぜ姉は自分を追いかけてこないのか。
「省ちゃん、待って…省吾…」
母が子供部屋から出て来る気配がした。俺はどこかに隠れようとして…いつも姉とのかくれんぼに使っていた客間の押入れに逃げ込んだ。
小さな身体を重なった布団の僅かな隙間に滑り込ませ、その裏側に隠れる。
「省吾…どこ…?省吾…省ちゃん…」
母の声が段々と自分の居る客間の方に迫ってくるのが解った。
ものすごい恐怖。
優しい母の声が、本当に死ぬほど恐ろしい…!!
押入れの片隅で自分の口元を必死に押さえていた。
もしここで何か声を出したら、自分は間違いなく母に見つかってしまう。
誰かに助けて欲しいと、その時とっさに頭に浮かんでいたのは大好きな真治おじちゃんの顔。
おじちゃんがここに来てくれたら、きっとこの怖い夢は終わるんだ。
おじちゃん、早く来て…!ずっといい子で待ってたんだ…だから早く会いに来て!!
この怖い夢を早く終わらせて!!
「省吾どこ?一緒に行こう…一緒に行こうよ…」
自分を探し回る悲しそうな母の声が段々と迫ってくる。
ずっとずっとその声が聞こえていた気がする。
俺の名を呼びながら、あちこちの扉や引き戸を開ける音が聞こえる。
そしてとうとう、俺の居る客間の押入れも開けられ、何枚かの布団が引っ張り出された。
口元から心臓が飛び出すのではないかと思うほどの激しい鼓動の中、その母の手が止まったのを見た。
「省ちゃん…どこ…」
その声が段々とか細くなっていた。
よろよろと、居間の方に向かって移動していく。
やがて、俺を呼ぶ声が完全に聞こえなくなった。
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