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翌朝、蒔田がホテルまで迎えに来てくれたのでまた町中を案内してもらうことにした。ちなみにホテルの食べ物は普通においしかったのでゴトウはほっとしていたらしい。
「今日はどこかに行きたい場所はありますか?」
今日、この町を出る予定なので蒔田にはゴトウが運転する車の助手席に乗ってもらっており、後部座席に座っている神倉に聞いてくる。
「そうですね。ちょっと先日買い物に行きたいですね。こんどちょっと両親がらみの会社のパーティに出なくてはいけないのでその時のドレスを
見てみたいんです」
「なら、駅前の総合施設がいいでしょうね」
蒔田は場所をゴトウに伝えるとにこやかに笑って言う。
「失礼ですが、神倉さんはご令嬢なのですかな? こんなことを聞くのは不躾で申し訳ありませんが、見つけられている所作と持ち物で勝手な想像をしてしまいましてな」
「そうですね。両親がちょっと。でも素晴らしいのは私の両親と私に教養を教えてくれた人たちで、私はどこにでもいる小娘ですよ」
「……またまた。ご謙遜を」
そんな会話をしながら駅前のビルに到着すると、ビルの中には世界的に有名なブランドショップが無数にあり神倉はあちこちの店に入っては物色していく。
「神倉さん。そんなに試着していろいろ買ってますけど、大丈夫ですか?」
ゴトウがにこにことドレスを自分の身にあててご満悦の神倉に耳打ちする。
「大丈夫ですよ。ここのお代も私が持ちますので」
蒔田が間髪入れずに言ってくる。
「いえいえ。そんなわけには。お金なら心配ありませんよ。ここに来る前の仕事で大量の貴金属をもらっています。私自身は貴金属には興味がないのであれを換金してしまえばお金は充分にありますので」
神倉は手にはめている宝石の指輪を蒔田に見せる。蒔田は目をこらすと「ほう」とつぶやいた。
「とても、良いものですね。いや、それでも大丈夫ですよ。これは私どもの歓待ですので」
「しかし、そこまでしてもらうわけには」
「ならばこうしましょう」
蒔田が明暗だというように手を打った。
「この町をでたら、この町がいかに素晴らしいかを皆さんに広めてください。そうすればこの町の来てくれる方も増えるでしょうし、私たちの利益にもつながります」
「……そういうことでしたら」
蒔田に押し切られるようにして神倉はうなずいた。
買い物を終えると市役所の前で蒔田と別れる。
「それでは、またいつでもいらしてください」
蒔田は深々と頭を下げ見送ってくれた。車はそのまま町の入り口のゲートへ向かう。ゲートに行くと昨日会った女性が不機嫌そうな顔で出てくる。
「この町を出られますか?」
「ええ。とてもいい街でしたよ」
神倉が言うと女性は露骨に顔を歪める。
「この町の人たちは本当に正直で良い人たちばかりでした」
神倉はにこにこと笑いながら言う。女性は肩をすくめると怒っているような泣いているような微妙な顔をして言った。
「また、お待ちしております」
「……大丈夫ですよ。私も、あなたと同じぐらい正直者なので」
神倉が笑って言うと座席に準備しておいたジュエリーボックスを
女性に手渡す。
「これは、私からのお礼です。蒔田さんはいらないと言っていましたが、さすがに何も代金をお支払いしないというのはどうかとおもいますので。蒔田さんに渡しておいてもらえますか?」
女性が驚いたような表情をする。ボックスの中には数十種類もの貴金属がきれいに収められていた。神倉が窓を閉めると車が発進する。
ゲートが開いて車が外に出ると車とすれ違うようにして蒔田と十数人の人間がゲートの女性の所へ向かっていく。それをバックミラー越しに眺めながら神倉はシートに背を預ける。
「いいんですか? あれ渡してしまって」
ゴトウが不安そうな声で聞いてくる。
「いいんだ。どうせ渡すつもりだったからね」
「それにしても、なんか不気味な街でしたね」
ゴトウもバックミラーで遠ざかっていく街並みを見ながらつぶやく。
「確かにとても良くしてもらいましたけど、あまりにも好待遇過ぎてちょっと怖かったです」
背中を縮めるようにして言うゴトウの姿をみて神倉はケラケラと笑う。
「君は本当に姿に似合わず怖がりだな」
「放っておいてください」
「でも、君の感覚は正しい」
「え?」
「あの町は確かに正直な人間が多いんだろうな。人を馬鹿にすることが本気で楽しいんだろう。それを隠そうともしていない」
神倉が口角を皮肉気に歪めながら言う。
「どういうことですか?」
「昨日と今日が嘘の解禁日だったのさ」
「え? でも、あの人たち嘘なんて吐いてなかったですよ」
「いいや、違うよ。嘘しか吐いてなかったんだ」
神倉の言葉にゴトウが言葉を失う。
「レストランでの料理。正直に言えばまったく美味しくなかっただろう? それなのに、蒔田は美味しいと言っていた。その割に自分は口をつけなかっただろう。わざと不味いものを食べさせてこっちをおちょくっていたんだろうさ。こちらが誓約書で嘘が吐けないと知っていながらね」
「……車を誉めてくれたのも嘘だったのか……」
「そこかい?」
神倉はゴトウの反応にクスクス笑う。
「嘘の解禁日はおそらく嘘しか言ってはいけない日なのだろう。だから、本当のことは誓約書にしか書いてなかった。町で歓待したのも代金を全て払うと言ってくれたのも全て嘘だったというわけさ」
「っていう事はお金取る気だったっていう事ですか?」
「そうだろうね。だからゲートのところで待ち構えていたんだろうさ。私たちが貴金属を渡さなければ無理やりにでも逮捕していたんじゃないのか?」
「それですよ。あの貴金属。買ったドレスの代金分ぐらいのお金にはなるとか言って嘘つくものだから驚きましたよ。逮捕されるかと思いました」
「いいや。嘘なんか言ってないさ。貴金属をもらったのは本当のことだし、お金に困っていないのも本当だ。ただもらった貴金属がイミテーションで価値がないだけで」
「うわー。今頃、蒔田さん怒ってるんじゃないですか?」
「どうにもできないさ。私たちは嘘はついていないし、蒔田の言葉が嘘の解禁日の日の言葉だったと説明も受けていないだから追及するこもできないさ」
「つまり、歓迎するっていうのは嘘で何もしらないこっちを笑ってたってことですか」
「な。いい(性格)をした町だろう?」
「あれ、そういう意味だったんですね。ゲートのところの彼女が正直者っていうのは何なんです?」
「彼女は君と一緒で素直で正直なんだろうさ。だから感情がすぐに表情に出てしまう。私たちを歓迎すると言いながら不機嫌そうな顔だったのは町中に入ってほしくなかったんだろうね。ひどい目に合わされるのを知っていたから。でも、嘘しか吐けない日だったから言葉と表情が一致していなかったんだ」
「彼女も嘘しか吐いていなかったんですね」
「だから、彼女に聞いたのさ。今日は解禁日ですかと。彼女は違うと答えた。つまり、解禁日ということを教えてくれてたのさ」
「どこが正直者しか住んでない町なんですか……」
「ある意味では正直なんだよ。自分の本能にね。誠実さは正直という概念を含んではいるが、正直だからと言って誠実というわけではないんだよ」
神倉はシニカルに笑いながら目をつぶる。
舗装された道路を彼女たちを乗せた車が走っていく。
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