<1・侵入。>

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<1・侵入。>

 連日続いた雨の名残が、まだ臭いに残っている。湿った草木の青臭い臭い。それから、じっとりと肌にまとわりつくような湿気。もう少し汚れても構わない服を着て来れば良かった――遠藤奈々(えんどうなな)は心の底から後悔した。 「失敗したかもねえ、奈々」  同じことを思ったのだろう。前を歩く友人の鈴木千夏(すずきちなつ)が振り返って苦笑する。 「せっかくお洒落な服着て来てもさあ、この暗さじゃ全然見えないしね。田舎ナメてたわ、マジで」 「ほんとそれ。……雑草多すぎ。ちょっと木とかに触るだけで服汚れそうだよちーちゃん。転んだら一巻の終わりだろうし」 「マジそれねー」  千夏の真っ赤に染まった頭を目印に、奈々はひたすら歩くしかなかった。サンダルを履いてきたのも失敗だったと言える。山道とはいえ、まさかこんなにもぬかるんでいるとは。致命的な転倒は回避しているものの、夜の山道は暗いし何より足場が最悪である。運動靴なんてダサい、なんて言っている場合ではなかった。どうせ視聴者も、こんな暗闇の中では自分達の足元なんて見ていないだろう。というか、カメラに映るかは怪しい。  一歩踏み出すごとに、泥まみれの雑草が生い茂った足元からぐしゅり、と滲みだすような湿った音がする。滑らないように坂を上るためには、足腰に力を入れつつゆっくり歩いていくしかなかった。奈々と比べて千夏はかなり運動神経が良いはずなのだが、歩くペースが遅いのは単に奈々を気遣ってくれているだけではないだろう。お互い都会育ちの都会っ子、山登りが趣味でもない。カメラ映えを気にして、普段撮影する時と同じようなお洒落なワンピースやロングスカートを履いて来てしまっている。不慣れなのは、どうしようもないことだった。  それこそ、現時点で致命的な転倒を回避しているだけ奇跡というものだ。 「せめて昼間に来るべきだったんじゃないかなあ、ちーちゃん」  じめじめとした暑さが、ゆっくりと体力を削っていくのがわかる。時刻は既に十時を過ぎているというのに、何でこうも暑いのか。まだ、夏本番までは時間があるというのに。 「ちーちゃん道、大丈夫?私、方向音痴だから全然自信がないよ」 「一本道だから迷うことないわよ、ヘーキヘーキ。それに、夜に来るのを同意したのはあんたも同じでしょーが。いくら山だからって、昼間に来て雰囲気出ると思う?」 「そりゃあ、そうだけどさあ……」
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