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エゴかもしれない。だって結局これは、花林たちが助かる為の行いでもあるのだから。
それでも花林は思ったのだ。――最後の一撃を、雫の手によってやらせてはいけないと。
「私がやってもいいなら、私がやります。……家族が、家族を殺すなんて。そんなこと……やらせていいとは思えません。私も、雫さんにやってほしくありません。だから、私がやります」
人殺しをする。恐ろしくないはずがない。一緒の傷になるかもしれない。
それでもたった今、花林は決めていた。兄に妹を殺させるくらいなら、第三者の自分がやるべきと。大伯母にあたる人物なので、完全に無関係の人間ではないけれど。
「あっ……」
呆然とする雫の手から銃を奪うと、花林はそれを茅に向けた。茅は目を開いて、にっこりとほほ笑む。
「強い子なのね、貴女は」
「茅、さん……」
「ごめんなさいね。……本当は、わたくしにもわかっていたんですよ。こんなこと、正しくはないということくらいは。それでも……それでもわたくしは、ただ。兄さんと一緒にいたかった。それだけなの」
「――っ」
銃を持つ手が、震える。引き金が重い。その手を、いつの間にか亜林が支えてくれていた。引き金をかける指に、自分の指を添えながら。
「俺も一緒にやる。だから……姉貴一人で、背負うな」
「亜林……っ」
一人ではない。
独りぼっちではない。
こんな時でさえ、自分は。だから。
ズダァン!
引き金が、引かれた。
亜林が支えてくれたおかげで、思ったよりにも銃口はぶれずに済んだ。あるいは、これも雫の意思なのだろうか。素人が撃ったはずの銃弾は、狙い通り茅の右腕を貫く。
――苦しませないように、なるべく、早く。
さらに左腕。
右足、左足。最後に。
「ああ、兄さん……」
仏壇に寄りかかってずるずると倒れていく茅は。涙を流しながら、ただひたすら雫だけを見ていた。
「これでずっと、ずっと、いっしょ……待ってるわ、先に行って……」
最後の一撃が、彼女の胸に突き刺さった。ずるずると地の海に沈みこむ女性。五発撃って、腕は痺れている。貸してみろ、と雫が言うので銃を彼に渡した。彼は弾を込め直すと、再び花林に銃を返す。
「こんなことをさせて、すまなかった。どっちみち、私を殺すのは第三者にやってもらうしかない。……次は私だ。私を、茅のところへ送ってくれ。迷惑をかけて、本当に申し訳なかった」
「そんなことないです!」
花林は首を横に振った。
「貴方がいなかったら……貴方がいなかったら私達は生き残れなかった。貴方は私達の命の恩人です。……本当はこれからも生きて、たくさんお話を聞かせて欲しかったほどに」
さっき。茅のことを口にしたが、本当はもちろん雫にだって死んでほしくはなかったのである。散々世話になっただけじゃない。多分、それだけではない感情が、花林の中で大きく後ろ髪を引いていた。そう。
きっと多分、初恋だった。
相手は六十も年上の、大伯父だったというのに。
「また会えるさ。常世にいるといっても、永遠じゃない。常世から離れれば魂は本当の意味のでのあの世か、もしくは現世に生まれ変わると私は思っている」
雫はそっと、花林と亜林の髪を撫でて言った。
「逢えて良かった。ありがとう……可愛い可愛い、私達の子供達」
涙が頬を伝い、胸の奥を震わす。
振り絞るような感情で花林は、亜林に支えられ――再び引き金を引いたのだった。
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