二ノ環・西の大公爵

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「あの建物はなんですか? 幼稚舎のようなものでしょうか」 「いえ、あそこは孤児院です」 「孤児院……」  孤児院。私の足が止まりました。  そこにいる子どもたちがどういう子どもたちか私はよく知っています。私も孤児院で育ちました。  私は自分の両親がどういった人間か知りません。赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていましたから。別に捨てられたことを恨んだことはありません。私が生まれた人間界の国は貧富の差が激しく、貧しい家の子どもは売られることも珍しくありませんでした。孤児などどこにでもいたのです。そのせいか自分で自分を可哀想だと思ったことはありません。あまりにも当たり前の環境すぎたので。  私が孤独は悲しいことだと知ったのは、ハウストとイスラに出会ってからでした。  しかし西都は豊かな都です。美しい自然の富に囲まれ、ここに住む多くの魔族は明るい笑顔を浮かべて暮らしています。この西都では孤児の存在は当たり前ではないでしょう。  どちらの世界の子どもの方が可哀想だとか不幸だとか比べる気はありませんが、等しく救いがあることを望みます。 「……あの、すみません。予定にない場所だというのは分かっていますが、少しだけ孤児院に寄ってもいいでしょうか」  申し訳ないと思いつつもそう言うと、ジョアンヌは驚いたように目を丸める。 「まあっ、ブレイラ様が孤児院に?」 「はい。少し懐かしく思いまして……。私が孤児院で育ったのはご存知ですよね」  魔王と婚約したのです。私の素性などとっくに調査されている筈でした。  案の定すんなりと受け入れられます。 「畏まりました。でも少々お待ちください。急な来訪をしては先方を驚かせてしまいますから」  ジョアンヌはそう言うと、すぐに女官を孤児院へ遣わせてくれました。  警備面から考えても急な予定変更は多大な迷惑をかけてしまいます。それでも嫌な顔一つせずに了承してくれたジョアンヌには感謝しかありません。 「ご迷惑をおかけします」 「お気になさらないでください。とても嬉しく思っているんです」  ウフフッ。ジョアンヌは上機嫌に笑っています。  ルンルンと鼻歌でも歌いだしそうな様子に私の方が困惑してしまう。 「ど、どうかしたんですか?」 「ブレイラ様が、このように小さな孤児院を気に掛けてくださる御方で嬉しいのですわ」  そう言うとジョアンヌは孤児院を見つめたまま十年以上前のことを語りだしました。  そう、ハウストの父親である先代魔王の時代です。 「先代魔王の時代、魔界はもちろん精霊界にまで脅威が及び、多くの秩序が破滅的な破壊を受けました。当代魔王のハウスト様が叛逆していなければ、今頃は魔界や精霊界、人間界すらどうなっていたか分かりません。滅びの一途を辿っていたことでしょう」 「多くの魔族の方が亡くなったと聞いています」 「はい。ここの孤児院にも、その時に両親を亡くした子どもが何人かいると思います」  ジョアンヌは語りながら視線を落としましたが、次には明るい笑顔を浮かべます。
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