一ノ環・婚礼を控えて

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「ブレイラ、どうして……?」 「どうしてじゃありませんっ。あなたこそどうして泣いているんですか!」  イスラの大きな瞳が涙で潤んでいます。  今まで布団の中で蹲ってぷるぷる震えながら泣いていたのです。たった一人で。 「ブレイラっ……」  イスラの小さな手が伸ばされる。  私へ向かって伸びてくるそれを受け止めようとしましたが。 「ダメだっ。ブレイラ、あっちいけ!」 「ええっ?!」  わけが分かりません。  こんなに泣いているのにイスラは私の手を拒否したのです。  こんなことは初めてで、いったいどうすればいいのか……。 「ど、どうしてそんなこと言うんですかっ。イスラ、一緒に寝ましょう。ね?」  説得するように言って小さな体にぽんっと手を置きました。  すると布団越しにもイスラの体がぷるぷる震えているのが伝わってきて、胸が痛いほど切なくなります。  しかしイスラは首を縦に振ってくれません。 「だめだ。オレはひとりで、だいじょうぶ」 「大丈夫に見えません。私と一緒に寝てください」 「うっ」  私のお願いにイスラの体が強張ります。  迷っているようです。後もうひと押しかと思いましたが。 「だめだっ! オレはれんしゅうする! だから、ブレイラもれんしゅうしろっ!」  イスラは勢いよくそう言うと、またしても頭から布団を被ってしまいました。  ますます意味が分かりません。 「待ってくださいイスラっ、練習っていったいなんです?! どういう意味ですか!」  私は慌てて布団を剥ごうとしましたが、さすが勇者、ぴくりとも動きません。しかも呼びかけても、うんともすんとも反応してくれなくなりました。  途方に暮れてどうしていいか分からなくなる……。 「ハウスト……」  困ってしまってハウストを見ると、彼も緩く首を横に振りました。お手上げということです。  しかもイスラは布団に潜ったまま相変わらずぷるぷる震えています。「うっ、うっ」と嗚咽まで聞こえてきます。いったい泣きながら何を練習するというのか。 「イスラ、どうしてこんなこと……。どうして私と一緒に寝てくれないのですか?」  このまま部屋に戻れるはずもなく、布団の膨らみに向かってそっと話し掛けます。  もちろん返事はありません。でも返事が返ってくるのをじっと待つ。こうなったら根気比べです。 「私とお話しするまでここを離れません」  宣言した私にイスラはぴくりと反応しました。  それでもじっとしたまま動きません。でも私も動きません。  寝所は奇妙な緊張感に包まれる。ベッドの丸い膨らみ、それをじっと見つめる私、そんな私とベッドの膨らみを交互に見ているハウスト……。ハウストは少し複雑な顔をしています。ハウストが言いたいことは何となく分からないでもないですが、ごめんなさい、私にも意地というものがあります。ここで親の私が引いてはいけないのです。  本気で動かない私にやがて観念したようにイスラが短く言葉を発します。 「……へやにもどれ。ブレイラも、れんしゅうしろ」 「意味が分かりません」 「だめだ。れんしゅうしろ」  せっかく返事をしてくれてもやっぱり意味が分かりません。  それならば仕方ないですね。最後の手段です。 「今夜はここで寝ます」  そう言うと、おもむろに同じベッドに潜り込みました。  そんな私にイスラが慌てだす。
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