一ノ環・婚礼を控えて

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「無理していないか?」 「大丈夫ですよ。あなたの側にいる為に必要なことなんですから苦ではありません。それに新しいことを学べるのは楽しいんです。おかげで今まで知らなかったことをたくさん知ることが出来ました」 「そうか、ならば少し安心した。お前は幼い頃から勤勉だったな」 「本を読んでいる時間が一番好きでした」 「お前は賢く美しい大人になった」 「ふふふ、褒めすぎですよ。照れてしまうじゃないですか。それにしても、あなたは意外と心配性なのですね。ほら眉間に皺が。あなた、心配する時いつも怖い顔になります」  からかうように指摘するとハウストも今気づいたかのように目を瞬く。  でもすぐに口元に笑みを刻み、私の手を取って指先に口付けてくれました。 「俺がこうなるのはお前にだけだ」 「ハウスト」  思わぬ言葉に頬が熱くなります。  でももちろん嫌じゃありません。恥ずかしくて、でも照れ臭くて、口付けられた指でハウストの手をきゅっと握り締める。これが精一杯です。  そんな私にハウストは優しく目を細めてくれましたが、ふと彼は東屋の方を見て小さなため息をつきました。 「……イスラはまだあの調子か」  私も東屋を振り返り、そこにいるイスラの姿に少しだけ困ってしまいました。  イスラは東屋に一人、大理石の床にぽつんとしゃがんで遊んでいます。でもお世辞にも楽しそうなものではありません。小石や葉っぱを並べてみたり転がしてみたり、時々ため息もついて、いつものイスラらしさはちっともありません。  一緒に遊びましょうと誘っても首を横に振り、大好きな焼き菓子を作ってあげようとしても「……いらない」と俯いてしまうのです。とっても食べたそうな顔をしているというのに。 「やはりイスラは、俺とブレイラの結婚が嫌なんじゃないのか? 納得してくれていないのかもしれない」 「そ、そんなことはありません!」 「だが……」  ハウストは困惑げにイスラを見つめます。  そんなハウストとイスラを交互に見て、私はまたもため息をつきました。  ハウストの困惑も分かります。だってイスラの様子が変わったのは、私がイスラにハウストと婚約したことを打ち明けた日からなのです。  そう、あれはモルカナ国の騒動が無事に解決して魔界へ帰る日のことでした。  ――――どこまでも続く青い空の下、広大な青い海を何十隻もの戦艦が艦隊を組んで進んでいました。モルカナ国を出港し、魔界への帰路についていたのです。  艦隊の中心に一際大きな戦艦が編成されて魔王の王旗が掲げられている。そこにハウストと私とイスラが乗船していました。  今イスラは甲板から海を見つめてきょろきょろしています。先ほどイルカの群れを見つけたのに気を良くして他にもいないかと探しているのです。  そして私はというと、海を見つめるイスラの背中をこそこそ物陰に隠れて見つめていました。この異様な光景を兵士の方々が遠巻きに見ていますが今は気にしている余裕はありません。  私はどうしてもイスラに伝えなければならないことがあるのです。  そう、それはハウストと結婚の約束をしたということ。  魔界に着いたら、ハウストと私は魔界中に婚約宣言をします。でもその前にイスラには私から直接伝えておきたいのです。 「こういうのってけっこう緊張するものですね。大丈夫、落ち着いて、いつも通りいきましょう」  大きく深呼吸して物陰から一歩踏み出しました。  内心緊張で胸がドキドキしていましたが、いつも通りを装ってイスラに近づいていく。  私が声をかける前にイスラが振り返ってくれました。
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