一ノ環・婚礼を控えて

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「ここにいたのか」 「フェリクトール様、こんにちは」  お辞儀して迎えた私にフェリクトールは頷き、そして隣のハウストにはため息をつきました。 「……執務室からいなくなったと思ったら、こんな所にいたとは」 「えっ、執務中だったんですか?」  驚く私にハウストは苦虫を噛み潰したような顔になり、フェリクトールをじろりと睨む。 「余計なことを言うな。妃のワルツの相手をするのは当然の役目だろう」 「浮かれたことを言うじゃないか。ブレイラはまだ妃ではない」 「婚約者だ。妃になることに変わりはない」  目の前で低温の応酬が飛び交いますが、執務中だと知ってこれ以上練習に付き合わせるわけにはいきません。  私は魔界の人々に認めてもらいたいのに、その人々のために仕事をするハウストの邪魔をしては本末転倒ではないですか。 「執務中だったのに練習相手をしてもらってすみません」 「構わない、丁度休憩したいと思っていたんだ。いつでも声を掛けてくれ」  そう言ってハウストが私の手を取って指先に口付けました。  たったそれだけで私の頬が熱くなる。彼にとっては挨拶に近い愛情表現かもしれませんが私はまだ慣れることができません。  ハウストの視線を感じて俯いてしまいましたが別方向からも視線を感じてハッとしました。そうです、ここにはフェリクトールもいるのです。 「すみません、フェリクトール様!」 「悪いと思っているなら目の前の魔王を執務室へ送り返してくれると助かるんだがね。ついでに君へはこれを持ってきた、確認したまえ」 「はい」  フェリクトールから書類を受け取り、その内容に緊張しました。  そこには王妃外交において必要な情報や報告が纏められていたのです。  王妃外交。それは魔界の王妃になる私の政務でした。  魔界を統治する魔王の妃になるということは、魔王を公私ともに支える立場になるということです。なかでも外交分野では多くの役割が課せられ、魔界内はもちろん精霊界や人間界では魔王の妃に相応しい振る舞いが求められます。  それは私が即急に身に着けなければならないことで、王妃になってから学んでいては遅いのです。  そのこともあって明日から三日間、私はハウストとともに魔界の西都へ視察に行くことになっていました。といっても政務で視察をするのはハウストだけで、私は王妃外交の練習を兼ねて付いていくだけです。
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