一ノ環・婚礼を控えて

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一ノ環・婚礼を控えて

「いち、に、さん、いち、に、さん、いち、にっ、っよいしょ」  ハウストのリードでステップを踏み、くるりっとターンを一つ。 「で、できました! こうで、こうで、こうですよね?!」 「ああ、うまいぞ。ターンの時は目線に気を付けろ」 「はい!」  ハウストに教えられたとおり目線が下がってしまわないように気を付けます。  くるりっ、と再度ターンを決めた私にハウストが優しい笑みを浮かべてくれました。 「どうでしたか?」 「上出来だ」 「ありがとうございます!」  褒められて嬉しいです。  今、私とハウストは魔界の城にある庭園で円舞曲の練習をしていました。三拍子のワルツです。  手入れの行き届いた城の庭園には緑の草木と色鮮やかな花々が咲いています。散策を楽しめるほどの広い庭園には大理石で造られた東屋があって、今日のように天気の良い日はここでおやつを楽しむのが日課なのです。  でも最近、私の生活はがらりと様変わりしました。  今までの私は第三者からハウストの寵姫と思われていました。でも実際のところは恋人として寵姫の立場のようだっただけで、正式に寵姫の肩書きがついたことはありません。ですから魔界の城では居候のような客人のような、そんな曖昧な立場でした。  しかしそんな私に信じられないことが起きたのです。 「もっと上手くなりますね。人前でもちゃんと踊れるように、あなたに相応しくあるように」  そう、ハウストに相応しくあるように。  だって私はハウストと婚約したのです。  どんなに愛しあっても決して結婚はできないと思っていました。なぜならハウストは三界の王の一人、魔界を統べる魔王なのです。だから、いずれ正妃を娶り、世継ぎを作るためにたくさんの寵姫を迎えるのだと思っていました。  でもハウストは私との結婚を約束してくれました。  だから私は、私を選んでくれたハウストの気持ちに少しでも報いたいのです。婚礼までに学ばなくてはならないことがたくさんあります。 「……もっとゆっくりでいいぞ?」 「どうしてですか、せっかく人がやる気になっているというのに」 「それは分かっているが、最近ワルツや儀式儀礼作法の稽古、他にもいろいろ勉強を始めたそうだな。毎日予定が詰まっていると聞いている」 「当たり前じゃないですか。時間はいくらあっても足りないくらいなんですから」  人間界のモルカナ国で結婚の約束をしたハウストと私は、魔界に帰ってから婚約宣言を公式で行ないました。  多くの祝福をいただきましたが、そのほとんどが表面上のものだということは分かっています。普通の人間の私では吊り合わないと思われているのです。心から祝福してくれた魔族の方がきっと少ないでしょう。悔しいですが、それは魔界の未来を思ってのものなので仕方ありません。  でもだからといって身を引いてあげるつもりはありません。私に出来ることは、せめてハウストに相応しくなって少しでも認めさせることです。  そんな私の意気込みにハウストは少しだけ困った顔をする。心配しすぎです。
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