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「待たせちゃったよね、ほんとごめん!」
そう言って親友は、息を切らし、申し訳なさそうな顔で走ってきた。
今日はクリスマスイブ。待ち合わせ時間からは5分過ぎ。
「ううん。私も今来たところだから。」
私がそう言って笑えば、彼女は安心したように笑う。通りのイルミネーションと合わさって、彼女の笑みは輝いて見える。
「それじゃあ、行こう。」
「うん!」
私と彼女は並んで歩いた。別に、何か特別な目的があるわけじゃない。ただ、街を歩き回って、イルミネーションを堪能する。それだけだ。
ダウンジャケット、長ズボンにスニーカー姿の彼女の足取りは軽やか。
それに対して、コートを身にまとい、ロングスカートと新しいブーツを履いている私は、少しぎこちなくしか歩けない。
「綺麗だね!」
そう笑う彼女を見ながら、私は頷く。
「うん、綺麗。」
「……ふふ。今日、一緒に居られるの、嬉しいな。」
彼女は立ち止まった。
私も、嬉しいよ。
そう言おうとしたのとほぼ同時のこと。彼女は更に言葉を続ける。
「だって、ひとりぼっちだったら絶対、彼のこと思い出して泣きたくなっちゃうから…。」
「……そっか。」
寂しげな目をする彼女に、私は何を言えばいいのか分からなくなった。
ちょうど一週間前になるだろうか。親友は、3か月付き合っていた彼氏に、振られた。
親友は、彼と過ごすクリスマスを凄く楽しみにしていた。「このワンピース、似合うかな?」とか、「冬にパンプスは寒そう?」とか、「髪のアレンジどうしよう!」とか、1か月も前から、私に色々聞いてきた。
彼女が恋人のために可愛くなろうとする姿は、微笑ましくもあり、愛らしくもあり、私は彼女の相談ひとつひとつに、真剣に答えた。
だから今日は、誰もが見惚れるような、世界一可愛い女の子が、この街を歩くはずだったんだ。………あの男が、彼女を振りさえしなければ。
ああ、なんて馬鹿なんだろう、あの男は。こんなに可愛くて愛情深い子、世界広しといえど、この子の他に居る訳ないのに。この子以上の女の子なんて、居るはずないのに。
「…でも、今日は大丈夫!だって、君が居るもの!」
私の隣で気丈に笑う彼女に、私の胸は締め付けられた。
そんな無理して作ったみたいな笑顔、見たくない。でも、どうしたら彼女を心から笑わせてあげられるのか、分からない。
……いや、本当は認めたくないんだ。今、彼女が心から求めているのは、私ではなくあの男だということを。
あの男しか、彼女を笑顔に出来ないのだということを。
「ねえ、なんかお腹空かない?ちょっとそこで、食べようよ!」
「うん…。」
その提案は、話題を変えるようになされた。私が頷くと、彼女は私の手を引き、歩き出す。
「わあっ、手ぇ冷たっ!」
私の手を握りながら、彼女は驚いたような声をあげた。
「わ、私…冷え性だから…。」
声、震えていなかったかな…?
そう心配したが、彼女は特に気にする様子もなく、「そっか、じゃあ、早くお店に入らなきゃだね!」と言って、私の手を引き続ける。
良かった、気付かれていない。
私は、彼女に知られないように、静かにため息をついた。
……本当のことを言えば、冷え性だなんて噓だった。本当は、時間の30分前には、待ち合わせ場所に着いていて、そのせいで身体が冷え切っていただけだった。
でも、彼女はそのことを知らなくて良い。
今日、私が、慣れないなりに目一杯おしゃれしてしまったことも、イルミネーションなんかよりも彼女の方がずっと綺麗に見えて仕方がないことも。
3か月前から、あの男が大嫌いなことも、羨ましくて仕方がなかったことも。
そして今、彼女に手を握られて、冷たかった頬が熱くなっていることも、鼓動が異様に早くなっていることも…。
全部全部、彼女は知らなくて良い。知らなくて良いから、どうか、どうか私とずっと……
「あー!このお店、ずっと気になっていたところ!ねえ、このお店で食べない?」
そう言って、可愛らしく小首を傾げ、店の入り口を指す彼女。
良いよ、あなたが望むならどこでも。あなたの隣で食べるご飯ほど、美味しい物はないのだから。
そう思ったけど、特に口にすることはせず、私はただ頷き、店に入る。
クリスマスイブというだけあって、店は混んでおり、すぐにテーブル席に座ることは出来ない。
待合席に隣同士で座りながら、彼女は真っ直ぐな目をして、こう言う。
「私、すごく幸せだなあ、こんなに素敵な親友が居て。」
「…私も、同じ気持ちだよ。」
体中の血が一瞬で冷え切った感覚がしたが、それを無視して、私は答える。
大丈夫、声は震えていない。顔もちゃんと笑えている。
「ねえ、これからも、親友で居てくれる?」
「うん。当たり前でしょ。」
真剣な表情の彼女に、私は迷うことなく頷いた。
あなたと一緒に居るためなら、友愛以外の感情くらい、殺したって良い。あなたを困らせないためなら、何だってするつもりだよ。
「えへへ、良かったぁ!やっぱ、持つべきものは親友だね!親友さえ居れば、彼氏なんて要らないや。」
そう言って笑う彼女の目には、相変わらず寂しさが残っていて、私じゃその寂しさを消せないことも、分かっていて…。
それに対して、悲しみと苛立ちが湧いたけど、押し殺して、そっと彼女の肩を抱く。
「大丈夫。私はいつでも、いつまでも、あなたの側に居るから。いつでもいつまでも、あなたの親友だから。」
「…う…うん……」
背中を撫でれば、彼女は、あの男に振られてから初めて、声を震わした。いや、声だけじゃない。肩も背中も、震えている。俯いていて表情はよく分からないが、その膝の上に置かれた手の甲に、雫がポタポタと落ちているのが見えた。
…きっと、彼女がこんな姿を見せるのは、私が親友だからだ。笑わせることが出来ない代わりに、泣かせてあげることは出来るんだ、親友には。
そう思うと、嬉しくて幸せで、でも、心の底が、ツキンと痛かった。
「大丈夫、大丈夫。私が居るから。親友だから…。」
「うん…あり、がと……、ごめっ……」
親友としての抱擁と、彼女らしい静かな涙は、店の席が空いて、店員に呼び出されるまで、ずっと続いた。
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