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早口で言い終えた娘は、今度は恥ずかしそうにうつむいた。
「え?お父さんのこと、臭くないのか?」
「うん」
「いい匂い?」
「うん」
「だったら、好きになるくらいはいいんじゃないか?お父さんもお前のこと大好きだし」
「違うの。私が言う好きってのは、そういう家族間のものじゃなくて、恋愛的な、好き?」
「へ?」
『プッ』
後ろからクラクションを鳴らされ信号が青になっていたことに気づき、慌てて車を走らせた。
恋愛的な好き?確かに親子の間でそれはまずい。娘と仲良くはしたいが、恋愛感情が生まれるようなことは絶対に避けなければならない。これからどうやって付き合っていけばいいのか困惑しつつも、臭いと思われていないし嫌われてもいないと分かり安堵する俺もいた。
塾に着いたのでアヤは「アリガト」と言って車を降りた。ドアを閉めてから振り返り、窓を開けろというジェスチャーをするのでそうしてやると、
「香水、つけないほうがいいよ。気持ち悪いから」
いたずらっぽく笑いながら塾が入っているビルへと姿を消した。
次から次へとアヤと同年代の女の子たちが駆け込んでいく。あの中に、父親のことを臭いと思う子はどれだけいるのだろうか。逆にいい匂いだと思う子は……。
そこでふと妻が口にした話を思い出した。動物学者がテレビで言っていたという話だ。
「遺伝子パターンが近い人同士ほど相手の体臭は臭く、遠い人ほど良く感じる……」
この説に当てはめるなら、俺とアヤの遺伝子が遠いということにはなるはずだ。そうなるとアヤは俺の子ではない可能性が出てくるんじゃないのか?
額に嫌な汗がにじむ。しばらく呆然となったものの、我に返ったのは妻への猜疑心が芽生えたからだ。彼女への気持ちが徐々に離れていくのが自分でも分かる。
世の中では年頃になってもお父さんのことが大好きだと公言する女の子が昔よりも増えているような気もするが、裏を返せば血のつながりのない父娘が増えている、ということにはならないだろうか?それはつまり妻がよその男と……。
DNA鑑定の文字が脳裏をよぎる。娘が自分のことをずっと好きでいてくれるからと言って、父親は単純に喜んではいけないのかもしれない。
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