DNA

1/3
前へ
/3ページ
次へ

DNA

 仕事から家に戻りリビングに行くと、妻のミカと娘のアヤがソファで談笑をしていた。 「ただいま」  その言葉に「おかえり」と笑顔で応じてくれたのはミカだけだ。真顔に戻った娘は腰を上げると、するりと俺の横をすり抜けて二階の自室へと向かってしまった。すれ違いざまにかろうじて「おかえり」と聞こえたのが救いだった。  憂鬱な思いでそちらを見やってから妻に視線を向ける。 「なあ。最近アヤのやつ、俺を避けてるような気がするんだけど、なんか聞いてない?」 「さあ。聞いてないけど」 「そうか」  落胆しつつ妻の隣に腰掛けると、 「何か俺、あいつの気に入らないことでも言っちゃったのかな」  ため息をついた俺の横顔を眺めつつ、ミカがあきれたように笑った。 「あのね、あの子ももう中二じゃない。そろそろそんなお年頃でしょ」 「どんな?」 「だからほら、女の子は年頃になると男親を避けるようになるってことよ」 「マジか。最近は仲のいい父娘もいるからさ、アヤもきっとそうなると思っていたんだけどな……」 「しょうがないわよ」 「もしかして、お父さん臭い、とか思われてるのかな?」 「でしょうね」 「はぁ……」  俺がぐったりと項垂れると、妻は慰めるように優しい声で話し始める。 「でもそういうのってさ、人としてと言うか、生き物として、正常な反応らしいわよ」 「臭いと思われるのがか?」 「そう。テレビで動物学者が言ってたもん。人ってね、幾つかの遺伝子パターンに分類できるんだって。その遺伝子パターンが近い人同士ほど相手の体臭は臭く、遠い人ほど良く感じるって」 「じゃあ俺とアヤは遺伝子パターンが近いってことか?」 「当然でしょ。親子なんだもん」 「なんでそうなっちゃうかな。家族は距離が近いんだから、良い香りに感じるようにしてくれりゃいいのに」  神様は意地悪だと愚痴をこぼしていると、含み笑いを浮かべたミカが口を開く。 「そうなると、いろいろ問題が起きるからでしょ」 「問題?って、どんな」 「遺伝子の多様性って言葉、知ってる?」  突然妻の口から出た難しい言葉に眉根を寄せてから、 「聞いたことはある、ていどかな」 「例えば、ある動物の集団があったとするでしょ。その動物たちの遺伝子がみんな同じタイプだった場合、環境の変化や伝染病なんかで一気に全滅しちゃうことがあるけど、遺伝子タイプがたくさんあれば、そのどれかが生き残って全滅を免れる可能性が高まるんだって。これが遺伝子の多様性ってこと」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加