笑わない男

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 そう考え、閉まるボタンを押した。静かにゆっくり閉じていく。病院のエレベータの扉とは、デパートなどとは違い動くのが遅めに設定されている。それは車椅子や体の不自由な人が乗り降りするのを考慮しているらしい。  ぼうっと動く扉を眺めていると、その奥から誰かが走っているのが見えた。私服のようだ、面会者だろうか。  あ、と思い、開くボタンを押した。がこんと鈍い音がして、扉が開いていく。だがしかし、こちらに向かってくる人を見て、私はすぐに失敗に気が付いた。  小太りのおじさんだった。お腹を揺らし、走ってくる。だが、彼の下半身は真っ赤な血で染められていた。ありえない出血をしながら、とびきりの笑顔でこちらに手を振って走っている。その異様な様子を見て、生きている人間ではないことなんて、明白だった。  しまったと思い、知らぬ顔をして閉まるボタンを押した。目は合わせない、見えていないふり。これが一番だ。  幸い血まみれの男は乗ってこなかった。最後まで笑顔でにやにやしながら私を見ていた。嫌なものを見たなあと寒気がし、腕をさする。
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