悲しい最期

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(やっぱり無謀だよなあ。忘れよ)  私はそう決意すると、書き込んだカルテを保存し、席から立ちあがった。  廊下を進んでいると、ちょうどそばにあった個室のドアが開いたところだった。中から、中年の女性が出てくる。 「じゃあ、また明日来るわね」  笑顔で言い、病室の中に向かって手を振ると、彼女は静かに扉を閉めた。その瞬間、今さっきまで穏やかだった顔は一気に疲労感で満ちた。眉間に皺を寄せ、げっそりと頬の筋肉が落ちる。顔色さえ変わったように錯覚するほど、彼女の表情は瞬時に変わり果てた。  私はその様子に、ぐっと言葉を詰まらせる。その病室に誰が入院しているのか、もちろん分かっているからだ。 「大丈夫ですか、森さん」  私は優しく声を掛ける。ハッとした顔でこちらを見たのは、ここに入院する森さんという中年男性の奥さんだ。彼女は眉を下げてふわりと微笑む。 「はい。大丈夫です。ありがとうございます。今日は帰りますね、あとはよろしくお願いします」 「森さんもゆっくり休んでください」 「はい」
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