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そのまま箱は下降していった。途中で誰かが乗ってくることもなく、先生と二人きりの空間だ。何かを話すわけもなく、黙って気まずい雰囲気に耐えていた。
三階に達し、あと少しで目的に到着する、と思った時、背後から声がした。
「君さ」
びくんと心臓が跳ねる。仕事中ならともかく、こんな時に先生が話しかけてくるなんて思っても見なかったのだ。恐る恐る振り返った。
先生は鋭い目でじっと私を見ていた。なに? もしや、説教? 私何かやらかしたっけ。それとも、普段からトロいなって思われてたとか?
蛇に睨まれたカエルのように固まり、びくびくする。だがその時、エレベーターが一階に到着したのだ。
扉が開いていく。それをちらりと見た先生は、小さな声で言った。
「いや……お疲れ」
そう低い声で言うと、すっと私を通り過ぎて降りて行った。
ぽかん、としてその後ろ姿を見送る。
挨拶? いや、あの言い方は挨拶をしようとしたわけじゃないだろう。何か言いかけて、辞めたんだ。一体何を言おうとしたんだろう。
藍沢先生が話してかけてくるなんてことレア中のレアなので、非常に気になる。
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