悲しい最期

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 そう返事をした彼女は、どこか力ない足取りでふらふらと廊下を歩いて行った。その頼りない後ろ姿を見送りながら、私はいたたまれない気持ちになっていた。  森さんは、終末期だ。胃がんである。  愛する夫が余命わずかと知れば、誰でもショックを受け意気消沈する。想像も出来ない胸の痛みや苦しみを味わうだろう。だがこの奥さん、もう一つ大変なことがある。  本人には、未告知なのだ。  『未告知』。その通り、患者本人に病状を伏せている状態のこと。彼は体調不良を訴えて受診したときには、すでにかなり進行している状態だった。  これは奥さんの意向でなっている。もちろん我々医療者はそれを情報共有し、森さん本人に予後のことは伝えないよう気を付けている。  まだ半年ほどしか勤めていない私だが、体感的に未告知の患者は圧倒的に少ない、と感じる。  ほとんどの人は病名や予後を本人に知らせる。ショックは計り知れない。だがそれを受け入れ、最後まで諦めず治療をする人や、もしくはもう穏やかな最期を迎えられるように考える人、それぞれいる。そんな中、未告知となれば、治るんだと思い込んで日々生活している。
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