笑わない男

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「もやもやするなあ、もう」  そう小さく独り言を呟くと、私もエレベーターを降りた。  そのまま病院を出て、足早に歩いていく。外は大分涼しくなってきた季節で、それでもまだ虫の音が微かに聞こえていた。  私は病院の近くに部屋を借りているので、徒歩で通っている。同期の中では、車で三十分以上もかけて通勤している子もいるので、徒歩十分で帰れる自分は楽だろうな、とも思うのだが、この十分が辛い。こうしてくたくたになっている日は特に、もう一歩も動きたくないというのが本音なのだ。  暮らし始めて半年が経ったアパートは、ごくごく普通のありふれた三階建ての建物だ。築八年だが、ぱっと見もっと新しく見える。住民も女性が多いようで、過ごしやすい環境だった。  途中コンビニで夕飯を買った後、ようやくアパートが見えてきて安堵した。早くゴロゴロしたい、お風呂入ってぼーっとしたい。そんなことを思いながら歩いてると、アパートの入り口に誰かがうずくまっているのを見つけた。  髪が長いから多分女性。頭を伏せて、丸くなっている。ちらりとそれを見、ああ関わっちゃいけないやつね、と感じ取った。
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