笑わない男

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 病院には死者が多い、ゆえに霊も多い。だが私にすれば、そこまで特別なことではない。だって、こうして道中にだってあふれんばかりに彼らはいる。そして待っている、私みたいな人が間違えて『大丈夫ですか』って声を掛けてしまうのを。  見ないようにして、女性の隣りをゆっくり通り過ぎた。ふくらはぎのあたりがひんやりと冷たく感じた。一体彼女は何のためにここにうずくまっているんだろう。初めて見た人なので、普段彷徨っていて今日はたまたまここに止まったんだろうか。明日にいなくなっていればいいのだが。  右手にぶら下げたビニール袋を持ち直し、そのまま階段を上がる。三階角部屋が私の部屋だ。ようやくここまで来たか、とげんなりして階段をのぼり終えると、目の前に一人、女が立っていた。  さっきの人とは別人だ。パーマをかけたセミロング、顔を両手で押さえて、肩を震わせている。微かな泣き声が耳に届き、私は少しだけ眉をひそめた。  この人は知ってる。引っ越しの時から、いや内覧したときからこの場所に存在している。でも、有害そうじゃないし、泣いているだけなのでそのままにしている。
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