悲しい最期

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 私はそれだけ言うと、静かに廊下に近寄った。中の様子が見えないと分かってはいるが、気になってしまう。必要なら、健人君を少しぐらい面倒みるのを変わってもいいし……。  そう、廊下に顔を出したとき。私はまたしても、あの光景を見つけてしまう。     長く続く廊下に一人、病室に向かって立ちすくんでいる。やや猫背で、ただ愕然とした横顔。  着ているのは水色の病衣。短髪に生気のない白い肌。手首や足首は、成人男性にしては大分細かった。  目の前の一枚の扉を凝視している。そして垂れていた腕を持ち上げ、不思議そうに両手を眺めている。なぜ自分がそこに立っているのか、痛みもなく何も感じないのか、混乱しつつ、何かを悟っているような顔だった。  私はその見覚えのある光景に、ぐっと息をのんだ。少しして、病室から看護師が出てくる。緑川さんだった。最期を見送った後、少しの間家族だけの時間にするよう私たちは心がけている。その後にはまたエンゼルケアなどを行うのだ。  緑川さんは部屋の中にいるであろう奥さんに、穏やかな声で言った。 「もし必要があれば、お子さん見てますから、おっしゃってください」
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