悲しい最期

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 看護長が挨拶と、連絡事項などを伝える。私たちはそれを囲むようにして立ち、静かに聞いていた。現在話している内容は、他病棟で起こった看護師のミスの情報共有だ。気を付けるように、という呼びかけである。  看護長のややゆっくり話す声だけが響いている中、突然ずっと動かなかった彼が動いた。  久保さんが、歩き出したのだ。  それは何か様子を伺うように、緩慢な動きで私たちの周りを歩く。ペタペタ、と素足の音がした。それに気づいた自分は、反射的に体を強張らせた。だがすぐに深呼吸して普段通りのそぶりをする。視えてない、私は何も視えていない。 「……ということがあったそうです。不幸中の幸いで、投与していた薬剤は……」  看護長の話は終わりそうにない。早く終われ、そう必死に祈った。終わってしまえば、ここから移動できる。久保さんの姿が目に入らない場所へ行けるのだから。
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