悲しい最期

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 何とか必死に前を向き、看護長の顔を見つめる。だがそこに、久保さんの姿が現れた。彼はいつのまにか看護長のそばに行き、その右隣に体を付けた。距離はゼロ。気づかず話し続ける看護長の顔に、ずいっと自分の顔を寄せた。異様な近さで、顔を凝視している。 「……なので、みなさんも十分気を付けてください。あ、それと、今度の病棟会が……」  話し続ける彼女を、眼球が零れ落ちそうなほどの目で見つめる久保さんは、かすかに唇を動かした。 『……す……か』  何か言っている。だが、私の方まで声は届かなかった。  しかしそのあとすぐ、久保さんは離れる。ほっと胸を撫でおろす。ようやく離れた、このままどこかへ行ってくれないだろうか。  私の希望は悲しいことに打ち砕かれる。  久保さんは看護長から離れたかと思うと、すぐ近くの看護師にターゲットを変えた。立っている看護師に近づき、またしても異様に顔を近づけ、何かを囁く。少しして離れる。また隣の看護師に近づく、囁く。離れる。それを繰り返しているのだ。 (……うそでしょ……)  一人一人、順番にそうやっているのだ。
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