悲しい最期

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 がくがくと足が震えだす。あんな至近距離に寄られて、私は平然としていられるだろうか。トイレにでも行くふりをしようか。でもどうしよう、足が全く動かない。  私は助けを求めるように、先ほど藍沢先生が座っていた方を見た。だがいつのまにいなくなっていたのか、その椅子はもう誰も座っていなかった。絶望を覚える。  久保さんは順調に近づいてくる。私は金縛りにあったように動けない。看護長の話が終わってくれれば、そしたら逃げ出せる。終われ、終われ。  その願いもむなしく、右半身にゾワリとした、なんとも言えぬ感覚を感じた。右側にだけ、目には見えぬ小さな虫が這いまわっているような不快感。痺れとも呼べる不思議な感覚だった。  そして、必死に前を向いていた私の視界に、にゅうっと顔が割り込んでくる。想像以上の近さに、声を上げそうになったのを必死にこらえた。いや、もはや、声すら出なくなっていた。  久保さんは何かを訴えるように私の顔を見ている。同時に、こちらの様子を観察している様子でもあった。息が止まる。彼の真っ黒な瞳孔が私の姿を捉えている。どこか生ぬるい息遣いを感じる気がした。
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