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越して半年もの間、変わらず彼女はある部屋の前で泣き続けている。悲痛な声なので、つい話しかけてしまいそうになるほどだ。ああ、なぜあなたはずっとここに居続けているの。
その質問を飲み込んで素通りした。一番奥にある自分の部屋に向かう。
鞄から鍵を取り出し、気づいていないふりをして部屋の中に入った。誰もいない部屋の電気をつけて、盛大なため息をついた。一応、部屋の中には変なものが付いてこないよう、ちゃんとしたお寺で頂いたお札などを置いてある。これで家の中は安全、というわけだ。
とはいえ、無害といえども、毎日出勤時、帰宅時に悲しそうに泣いてる女を見るのは気が滅入るな。失敗したなあこのアパート。
それでも、仕方ない。この世に霊は大勢いる。今いないと思っても、どこかから彷徨ってくることもある。そのすべてをみないようにして生きるなんて、私には無理なのだ。
私に救う力があったなら。病院で留まるおばさんも、道端で丸くなっている女性も、家の前で泣き続ける人も、なんとかしてあげられるのに。そんな力はかけらもない。
見えないように振舞って過ごす……それが一番平和な過ごし方。
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