不穏

13/41
前へ
/273ページ
次へ
 そんなわけない、と思った。違うと思いたかった。生前の久保さんはいい人だったし、温かな家族に看取られて亡くなっていった人。ああ、でも藍沢先生は言っていた。『霊が絡むと、予想外のことが起こる。いくら生前いい人間に見えたと言っても、本当のところは分からない』と。  でもだって、まさか――  次の瞬間、見つめていたナースコール盤に一つ、赤いランプが灯った。高い音が響き渡る。聞きなれた音だというのに、自分の体は大きく跳ねた。  記されていた名前は私の受け持ち患者だった。突然、心臓がどきどきと鳴り始める。年齢は七十代の男性で、特に認知症もなく自立した患者だったはずだ。私はそろそろと手を伸ばし、触れた。 「……ど、どうされました?」  相手は何も答えなかった。だが微かに、物音だけ聞こえる気がする。なんの音だろう、声ではない。物と物がぶつかっているような感じに聞こえる。
/273ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1754人が本棚に入れています
本棚に追加