不穏

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 『それなりに長く勤めてる私も、受け持ちがこんなに荒れたのは初めて見た。お疲れ様』と緑川さんは哀れんでいた。一人が窒息、一人は自殺未遂。確かに多いことではない。それも同日、二人とも受け持ちだったなんて。  仕事がある日はくたくたになるし、急変があればなおさらだ。だが今日ばかりは、社会人になって最も疲れた日であると断言出来た。勤め始めて半年の自分はまだ経験も浅く半人前だ。病気による急変はともかく、こんな形の急変は未知の世界だ。  もはや自分の足で歩いているのも不思議なくらい、ふらふらした足取りでスタッフ館に着替えに行った。人気のなくなった更衣室は、中に入ると電気も消されて真っ暗になっていた。一番奥にある自分のロッカー前に進み、持っていた鞄を置いてしゃがみ込んだ。着替える気力すら出てこなかったのだ。  膝を抱えてそこに頭をうずめる。しばらくして、そっと顔を上げて出入り口の扉を眺めた。特に異変はない。  久保さん、付いてこなかったんだな……。  窒息の時も、自殺未遂の時も、彼は気が付いたらそばにいて最後までじっと眺めていた。恨めしそうな目にも見えた。
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