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「ほんの気持ちなんです。みなさんにたくさん励まされて、だから……あ、椎名さん!」
ついじっと見ていていたら、奥さんとばっちり目が合ってしまった。名指しで呼ばれるのは予想外でびくっと反応してしまう。とりあえず持っていた点滴たちは机に置き、私はおずおずと奥さんの元に近づいた。
間近で見る奥さんはやっぱりげっそりしているように見える。黒髪は毛先が痛んで跳ねていた。食事、ちゃんととれているんだろうか。まだ葬儀終わって時間も経っていないし、バタバタしてる最中だろうに。
「久保さん、こんにちは」
「お忙しいところすみません」
「いえ、そんな」
「椎名さんにはお礼が言いたくて。ほら、一度健人を見ててくれたでしょう? 私はゆっくりお茶が飲めたし、そのうえ話も聞いてもらって……あの時間とても嬉しかったんです。ありがたくて、どうしても直接お礼が言えたらなって」
そう微笑む奥さんに、胸が痛んだ。そんなの、私は大したことしてないではないか。仕事上少し時間を割いて話を聞いただけ。たったそれだけの行為が、奥さんにとっては救いになった。つまり、他に彼女を救ってくれるものは何もなかったのだ。
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