不穏

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 言われて思い出す。久保さんは確かに一台ノートパソコンを持ち込んでいた。初めはそれで仕事をこなしたり、ゲームをしたりしていた。病状が悪化するにつれて、そのパソコンは開かれる頻度がぐっと落ちていったのだが。  奥さんは目を細めて言う。 「その中はね、ほとんど退院したら何しよう、ってことばかり書いていたんですよ。自分が退院できるって思っていたから……健人と動物園に行くんだ、とか、今年のクリスマスプレゼントはこれにしよう、とか、私をたまにはいいお店に食事に連れて行こう、とか……」  そこまで話すと、奥さんの目にぶわっと涙が浮かんだ。私は何も言わずじっとそれを見る。  まだ受け止め切れていないのだ。自分でも感情をコントロールできない、そんな状況にいる。きっと本人も突然出てしまう涙に慌ててしまうのだろう。仕方のない状況だと思う。  壊れた涙腺に戸惑うように、奥さんは目元を慌てて拭く。 「ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったのに」 「全然大丈夫ですよ」
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