笑わない男

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 手に職もある。自立して生きていけるのは素晴らしい。だが、仕事ばかりにならないようにね。私みたいに、病気に気付けない日が来るかもしれないよ」  そう言って笑う山中さんの表情は、どこか不思議な表情をしているように見えた。  今日は昨日に比べれば、まだ落ち着いている方だった。緊急入院や急変がなかったからかもしれない。とはいえゆっくりしている暇はないので、ワゴンを押しながら廊下を進む。  さて、次はなんだっけ、と思いながら時計を眺めると、定時まで一時間といった時刻になっていた。忙しいことで唯一嬉しい出来事と言えば、時間があっという間に過ぎ去っていくことだ。あともう少しで一日も終わる。  そのまま廊下を進んでいると、トイレの前に昨日いたおばさんがまだ立っていた。あのままずっと佇んでいるらしい。やっぱり病衣で、足元はやや透けている。私は目を合わさないようにしながら、彼女を避けて隣を進む。  何事もなかったようにナースステーションを目指していると、背後から低い声がした。
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