不穏

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「ええ、自分なりに頑張ります。健人がいてくれるから」  私は返答に困る。きっと今ぎりぎりで立っている奥さんに何を言っても、頑張らなきゃ、という思い込みに行ってしまう。実際頑張らないといけないのだが、この状態が続くとなればあまりに心配すぎる。心配でならない。 「忙しいときにすみませんでした」 「い、いえ」 「本当にありがとうございました。先生にもお伝えください」  深々と奥さんは頭を下げる。そして寝ている健人くんを抱きなおし、そのまま去っていく。私は耐えきれず、ちらりとだけ背後を見た。あなたの行くべきところはあそこなのでは? 奥さんを見守らねばいけないのでは? そんな思いで久保さんを振り返る。  彼は動かなかった。私の背後で、じっと奥さんの後ろ姿を見送っている。横顔からは何を考えているかなんてまるで読み取ることが出来ず、ただこの人が奥さんより私の背後に憑くことを選んだという事実だけが、自分の中の何かをカッと燃え上がらせた。  私はいいようのない怒りを抱いたのだ。
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