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私は自然な装いですっとその場を離れた。そしてなんとなく足音を立てないように、廊下一番奥の個室へと向かう。今現在誰も入院していない部屋だ。
背後から、裸足の誰かが付いてくるのを感じていた。私はそのまま廊下を突き進み、病室前にたどり着く。
隣を見ると、久保さんが立って私を見ていた。そのほかには幸運にも誰もいない。私は扉を開けて中へと入った。
誰もいないベッドは、綺麗にメイキングされている。荷物もないので閑散とした部屋だ。私はその部屋の中央まで足を進めると、くるりと振り返った。
藍沢先生はまだ来ていない。多分時間を見てそろそろ来てくれるだろう。私は無言でそれを待っていればいい。
……待っていればいいだけ、なのだが。
ふつふつと湧き出る怒りが、全身を支配しているように思えた。分かってる、死という最大の苦しみを味わった相手に、私なんかが何を言っても綺麗ごとに聞こえるんだろう。
それでも耐えきれなかった。こんなとこで、奥さんの知らないすきに、久保さんが強制的に消されてしまうなんて。
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