伝えたいこと

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「いいえ。こちらが急に来てしまったんです、申し訳ありません」 「どうぞ、散らかってますが」 「ありがとうございます、でも玄関先で大丈夫です。お忙しいと思いますので……」  私はそう言い、上がることはしなかった。玄関の中にだけ入らせてもらい、立ったまま鞄を漁る。  奥さんは不思議そうに言った。 「忘れ物なんて……どこから出てきたんでしょう?」 「ええと、服とか入れる棚がありましたよね? あの裏に落ちてたんです。気づかなくてすみませんでした」 「いいえ、見つかっただけで嬉しいです。わざわざ届けに来てくださって」 「見落としていたのはこちらですから。……これですね」  私は笑顔で、一つの封筒を差し出した。奥さんは静かにそれを受け取る。  今日、私は病棟から奥さんに電話を入れた。久保さんの病室から、忘れ物らしきものを発見した、と。それは小さな封筒だった。私は奥さんに断りを入れ、直接届けに来たのだ。郵送でもよかったのだが、どうしても直接渡したい、と強く願った。そしてこのアパートまで足を運んだ、というわけだ。
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