笑わない男

22/38

1750人が本棚に入れています
本棚に追加
/273ページ
 馬鹿みたいに廊下の真ん中で立ち止まったままでいる私に、同期の歩美が歩み寄ってきた。遠くから私たちを見ていたようで、目を輝かせている。彼女は先生のファンの一人で、よくかっこいいと騒いでいるミーハーな友達だ。 「ひなのひなの! 先生と話してたのいいな~」  歩美はうっとりした表情で言う。無口な先生相手では、ちょっとした連絡事項を交わすだけでもレアなのだ。 「……あ、うん、えっと」 「受け持ち患者のこと?」 「そ、そう。ちょっと聞かれただけ」  歩美には、いやほかの看護師には言わない方がいい気がした。この病棟だけではなくほかのところの女たちもこぞって狙っている先生に、勤務時間外に会う約束をされたなんて。明日私の命はないかもしれない。  そういえば、昨日も何か言いかけていたっけ……。 (じ、実は口説かれたりしたらどうしよう!)  突然、そう私の思考は道を外れて高速で走っていく。
/273ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1750人が本棚に入れています
本棚に追加