あなたの笑顔

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 私が静かにそう尋ねた。彼の肩がびくっと反応し、こちらを向く。まるで泣き出しそうな顔をしている先生に、ああ彼はこんな顔もするんだ、と冷静に思った。好きな人に関すると、いつも能面みたいな顔を崩してしまうのか。  彼はしばし黙り込んだ後、ゆっくり頷いた。 「晴子が未だ眠れていないのなら……その原因を聞くのは、俺の役割だと思ってる」  晴子。  先生の口から出てきた彼女の名前。私は小さく繰り返した。  あの人は晴子さんっていうんだ。毎日泣き続けているだけの晴子さん、私は今まで無視して声を掛けなかったけど、それでよかったのかもしれない。  晴子さんの話を聞くべきなのは、私ではなく先生だからだ。  ゆっくりと車が発進した。ハンドルを握る先生の手は、少しだけ震えているように見えた。
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