あなたの笑顔

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 それ以降私が道案内をする必要はなくなった。先生は場所を知っているからだ。  先ほどとは違ったピリッとした緊張感が車内を漂っていた。普段から無口な先生だが、今はなお口を固く閉じ、怖いほどの表情で前だけを見ている。時々赤信号で車が停まると、深いため息をついて手で顔を覆っていた。  そんな彼に声を掛けることもできず、私はだまってその横顔を見守っていた。  少し車を走らせたところで、やっと私のアパートは見えてきた。病院からそこそこ近い、よくある三階建てのアパート。見慣れたその場所が、今日ばかりは知らないところに思えた。  アパート前の道はあまり人通りも多くない道路だ。今日は特に静かで誰も見当たらない。街灯が寂し気に道を照らしている。先生は車を適当に停めると、すぐさま降りた。私も続き、一度アパートを見上げる。  ここが、晴子さんが住んでいた……。  隣を見ると、先生も同じように私と見上げている。その顔は戸惑いの色が強く、眉間に寄せられた眉が彼の苦悩を物語っている。突然こんなことになり、まだ現実を受け入れ切れていないかもしれない。 「大丈夫ですか、先生」
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