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今日もあの人はそこにいた。少なくとも半年間変わらない姿である。細い肩を震わせて、ただ小さな声を漏らして泣いている。切なくて、苦しい泣き声だ。私はあまり近づかないでおこう、と思い、踊り場に立ったまま見上げた。
先生はそっと地面を踏みしめるようにして階段を上り、晴子さんの前に立つ。いまだそれに気づかず、手で顔を覆ったまま泣く晴子さんに、一度ごくんと唾を飲み込んでから、優しい声を掛けた。
「晴子?」
泣き声がぴたりと止んだ。
その状態のまま長く沈黙が流れる。
晴子さんは顔をゆっくり上げた。初めてしっかり見るその顔は、写真の通り可愛らしい人だ。頬は涙でぐっしょり濡れ、長いまつ毛も水分をたっぷり乗せている。真っ赤な目をしたまま、先生を無言で見上げている。
「……晴子」
優しい声がした。
噛みしめるように、愛しいという気持ちを沢山乗せて先生は名を呼ぶ。その音を聞いただけで、私の目からも涙が溢れかえっていた。
『…………響』
可愛らしく高い声がする。先生をそう呼んでる人を見たのは、初めてのこと。
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