あなたの笑顔

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 彼女はこの家に普通に帰ってきて、普通に生活しようと思っている。でも部屋に入れない、鍵はないし他人がいるし、動けない。だから困り果てて泣いていたのだ。  先生もその事情に気づいたはずだ。じっと晴子さんを見つめ、困ったように視線を泳がせる。思い出させたほうがいいのか、それとも? 「……晴子を、探してた」 『私を?』 「家にいるとは、思ってなかった。帰ってきてたんだな」  そういうと、晴子さんはにこっと笑った。可愛らしくて優しい笑みだった。 『だって、ここは響もよく帰ってきてくれるじゃない』  純粋にそう言った晴子さんの言葉を聞き、先生は目を閉じた。  そうか、二人がゆっくり過ごした場所。晴子さんにとっては、そんなに長く住んだ場所ではなくても、やはり帰る場所として強く記憶していたのだ。きっと大切な場所だったに違いない。  先生はポケットを漁った。そこからキーケースを取り出す。  銀色の鍵が入っていた。  そしてそれを晴子さんに見せ、彼は優しく微笑んで言った。 「ドジだな。俺が持ってるから」  差し出された鍵を見て、晴子さんはわっと声を上げた。
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