笑わない男

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 私は必死に何も知らないふりを務めた。だって、山中さんは結構おしゃべりな人だし、他の看護師に変な噂でも流されたら大変だ。女たちにフルボッコにされるかもしれない。勘違いしないで、私と先生は(今のところ)そんな関係ではないのだ!  引きつった私の顔を見て、彼は何も言わなかった。誤魔化しが効いたのか、それとも空気を読んでくれたのか。 「ああ、帰りに呼び止めてすまなかった。もう仕事は終わっているのにね。お疲れ様でした、ゆっくりしてまた明日ね」 「は、はい」 「じゃあ、また」  山中さんはそう手を小さく振ると、さっさとその場から去っていった。その後ろ姿を眺めながら、どうか勘違いしていませんように、と心で祈る。明日行って、他の看護師に詰め寄られたらどうしよう。  一つため息をつきながら、山中さんの姿が見えなくなるまでその場にいた。その後、周りに知り合いらしき人がいないかしっかり確認し、ようやく、北口から外へと出たのだ。明日もう一度、山中さんにはフォローしておいた方がいいのかな。  だが、私のこの心配は杞憂に終わる。  山中さんと会うのは、これが最後だったからだ。
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